《本記事のポイント》
- 自由は宗教的な責任を果たすという条件のもとに与えられた
- 「至高のまったき存在」を失った西側の危機
- 全体主義は人間の堕落を拠り所にして繁殖する
バイデン米政権は12月9日、10日に「民主主義サミット」を開催するという。会議はオンライン形式で開催され、民主主義諸国の首脳や慈善団体、民間部門の代表らが集まる。
ホワイトハウスは声明で、会議は「権威主義に対する防御」「腐敗との戦い」「人権尊重の促進」の3つのテーマについて話し合うとする。この会議で目指すところの権威主義国家に対抗する国際的機運はつくれるのだろうか。
現在は民主主義的価値観を世界に広げる運動と、共産主義による一元管理のどちらが優位に立つべきかの"世界戦争"の最中にある。自由や民主、人権や法の支配といった価値を奉じる英米的価値観が生き延びることができるかは人類にとって死活問題である。
そうした中で中国は、「東の世界は台頭し、西洋は衰退している」というストーリーを展開し、中国のシンパを世界に拡大中である。
目的達成に向け中国は、西側の衰退を喧伝するとともに、独裁はAIなどの監視技術を用いることができるから効率がよいとの売り文句で監視社会を輸出する。パキスタン、アフガニスタン、イランといったイスラム圏を配下に置きつつ、ミャンマー、ネパール、ブータン、チベット、スリランカなども落とせばインド包囲網も完成できる。
日本をはじめとした西側が衰退しているというストーリーに嘘があるのは事実だが、西側の民主主義に弱さがあるのは確かである。コロナの影響下で減少傾向にあるとはいえ、2020年の日本企業による対中投資額は1兆円を超える。新疆ウイグル自治区で不妊手術の強制、拷問、虐殺などが今この瞬間に行われているにもかかわらず、日本は中国へのジェノサイド認定もまだ行っていない上、強制収容所でつくられた輸入品の取り締まりも不十分だ。
「至高のまったき存在」への信仰を失った西側の危機
この西側社会を襲う危機を予言していたのは、『収容所群島』などの著作でソ連の実態を世界に知らせた作家のアレクサンドル・ソルジェニーツィンである。
ソルジェニーツィンは、ハーバード大学で1978年に行った「引き裂かれた世界(A World Split Apart)」というスピーチで、意表をつく演説を行った。亡命先のアメリカで、アメリカの民主主義批判を行ったのだ。
主要な論点を紹介しよう。
勇気の衰えは、外部の観察者が気づく西側世界の今日の最も顕著な特徴かもしれません。西側の世界は、どの国でも政府でも政党でも、もちろん国連でも、全体および個々人が市民的勇気を失ったのです。
大多数の人に、父や祖父が夢見ることさえできなかったほどの快適な生活が与えられました。それなのに自分の大切な人生を危険にさらしてまで、何のために共通の価値を守らなければならないのでしょうか。遠くの国で自分の国を守るというケースではとりわけそうです。
性急さと底の浅さは20世紀の精神的な病であり、この病がどこよりもよく現れているのが報道です。
しかし、最も残酷な過ちは、ベトナム戦争を理解できなかったことです。全ての戦争をできるだけ早く終わらせたいと願った人々がいました。
このような確信的な平和主義者は、そこから発せられるうめき声が聞こえているのでしょうか。自分たちの今の責任が分かっているのでしょうか。それとも聞かないようにしているのでしょうか。
アメリカの知識階層は意気地なしになりました。その結果、アメリカには危険が迫っていますが、その自覚がないのです。(中略)小さなベトナムは警告であり国民の勇気を動員すべきチャンスでした。れっきとした大国である小さな共産主義に完敗するなら、西側は断固たる態度を維持することができるのでしょうか。
ヒットラーと戦った第二次世界大戦では、西洋民主主義諸国は、自分たちの力だけで十分だったのに、ヒットラーより悪質な別の敵を育て大きくしてしまいました。西洋諸国では、次の世界的な衝突が起きた場合に備えて、第三の勢力に侵略者の防衛を助けてもらおうという声が上がっています。その場合、盾となるのは中国です。これも悪との同盟になるに決まっています。アメリカ自身が現在カンボジアで繰り広げられているのに匹敵する大量虐殺の餌食になるでしょう。
(ルネサンス以降の人間を存在するすべてのものの中心と見る考え方は)、人間の内なる悪の存在を認めず、現世の幸福の成就より気高い使命があると考えませんでした。(中略)(自由は誤解されてきていますが)民主主義の草創期においては、アメリカが誕生した時の民主主義がそうだったように、個人の人権は「神の創造物(God's creature)」であるからこそ与えられました。つまり自由は、個人がつねに宗教的な責任を果たすという条件付きで各人に与えられたのです。
ルネサンス期から今日に至る間、私たちの経験は豊かになりましたが、かつて私たちの熱情や無責任さを抑制してきた「至高のまったき存在(Supreme Complete Entity)」という概念を失ってしまいました。
私たちは最も価値のある財産である霊的な生活を失いました。これが本当の危機です。世界が引き裂かれていることよりも、世界の主要な部分が同じ病に侵されていることのほうが恐ろしいのです。
肉体は死ぬことが定められていますから、地上での務めがもっと精神的なものであるべきなのは明らかです。人生の旅が道徳的な成長の経験になるように、人生を始めた時よりよい人間になって人生を終えられるよう、永遠の義務をひたむきに果たすことでなければなりません。
全体主義は人間の堕落を拠り所にして繁殖する
民主主義の脆さや、現代に至る危機の原因をも予見したかのような演説だ。とりわけ、西側社会に見られる勇気の衰え、確信的な平和主義者の無関心、ベトナム陥落に伴うアメリカの権威の失墜といった点は、現代の問題と二重写しになる。
また「対ソ冷戦に備えるために、第三勢力である中国に助けを求めれば、いずれアメリカは中国による大量虐殺の餌食となる」というソルジェニーツィンの警鐘に当時耳を傾けていたら、コロナという生物兵器による大量虐殺は起きなかったのではないかと、残念に思われてならない。
宗教的な責任を果たすという条件のもとでのみ与えられた自由をはき違え、パンのみに生きる物質的な人々には、共産主義下で虐げられる香港やウイグル、チベットの人々のうめき声は届かないようだ。この地球という共同体を保全する責任や義務よりも、目先の利欲に関心が向いてしまう。のみならず技術の盗用問題に抜本的な手を打たず、監視カメラの技術提供等で共産党政権の権力の盤石化に手を貸してしまう。全体主義体制は、このような善悪の判断から逃げる人間の堕落を“拠り所"として、世界中に“繁殖"していることに気づかなくてはならない。
「不死性が失われたこと」、それが古代ギリシアにあったような崇高な政治活動が失われた原因であると喝破した政治哲学者のハンナ・アレントと同様、ソルジェニーツィンは、死すべき運命にある我々が「不死性」「不滅性」を求め、人間として高貴な人生を遺すよう呼びかける。
それが永遠の生命を生きる道であり、「至高のまったき存在」に自らを低くすることができる信仰者でしか共産主義体制の脆さを光で照らし出すことはできない。近視眼的な利得を前に日和見となり真実の生を見失い、苦しみの声から耳を背けてしまうからである。
だが光でその偽りの強さを照らし出す時、中国の連合は、利害関係で結びついた脆い鎖でつながれたものでしかないことが露わとなる。
「全体主義と利害で戦えば敗北は必須となる。価値で戦う時、民主主義は勝利する」
こう述べたのは、アメリカに亡命し、現在は「共産主義の犠牲者(Victims of Communism)」に所属するダイモン・リュウ氏である。
この言葉を証明するかのようにオーストラリアは、中国の戦狼外交の被害に遭っても産業界と政府とが一丸となって「価値」を護持し始めた。そのオーストラリアにアメリカとイギリスは、秘密の塊である原子力潜水艦の技術を供与することも決定し、対中包囲網の強化に動き出している。物質的な価値観を超えて英米的価値の存亡がかかっていることに気づいたのである。
オーストラリアのような国を増やし、全体主義の脆さを照らし出す勇気ある民主国家の連携を確立し、中国封じ込めの対策をとること。そのような集いが、12月に行われる民主主義サミットであるべきだ。そうでなければ「東の世界は台頭し、西洋は衰退する」という中国の物語が真実味を帯びてくる。
(長華子)
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