自民党大会で演説をする安倍首相/写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ
《本記事のポイント》
- 自民党の改憲案で、平時でも自衛権を発動できるようになる可能性も?
- しかし、自分の国を自分で守ることができない状況は変わらない
- 「戦力不保持」と「交戦権否認」を定める9条2項の撤廃が求められる
メディアでは、憲法9条改正の議論が盛んに報道されている。
憲法改正について、安倍晋三首相も25日の自民党大会で、「戦力不保持」を規定する9条2項を残したまま、別条文として「9条の2」を新設し、「自衛隊の存在」を明記する改正案を公表した。
戦力不保持の条項が維持され、新たに自衛隊が明記されれば、自衛隊の現場にはどのような変化が起きるのか――。元航空自衛官であり、現在はハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、軍事学や国際政治学を教える河田成治氏に聞く。
◆ ◆ ◆
――自民党の改憲案が成立すれば、現場はどのように変わりますか。
河: 現時点で正確なことは言えませんが、私が注目しているのは「グレーゾーンにおけるマイナー自衛権」です。
有事の際、総理大臣が防衛出動をかけない限り、日本は自衛権を発動できません。しかし、諸外国は、平時や有事にかかわらず、自分の国を守る権利を有しているので、仮に平時であっても自衛権を発動できます。日本のように、有事でなければ自衛権を発動できないという規定自体が一般的ではありません。
日本では、有事における自衛権と区別するため、平時における自衛権を「マイナー自衛権」と呼んでいます。現在の政府の解釈では、マイナー自衛権は行使できないことになっています。しかし、今回の憲法改正案が、「交戦権はないが、自衛権はある」という解釈であれば、マイナー自衛権を認めるということもあり得るかもしれません。
実は、このマイナー自衛権は現場では大きな問題なのです。
――マイナー自衛権がないことで起こり得る問題とは何でしょうか。
河: 平時でもなく、有事でもないという状態を「グレーゾーン」と言います。有事に発展し得る前段階のことです。どのような状態をグレーゾーンと言うか、尖閣諸島への侵攻を例に考えてみましょう。
例えば、外国の漁民に扮した民兵が、尖閣諸島に上陸し、「ここを占領した」と宣言したとします。海上保安庁が対応しようとしたが、相手は機関銃を装備している。そこで、海上自衛隊が対応することになりますが、この段階では「組織的・計画的な武力攻撃」が認められる有事とは言えず、政府が防衛出動をかけることは難しい。こうした状態が、グレーゾーンと言います。
グレーゾーンでは、防衛出動ではなく、海上警備行動や治安出動が命じられることになりますが、これらは相手の行動を止めるための武力行使ができず、自己防衛のための武器使用にほぼ限定されます。
しかし、このグレーゾーンで相手を食い止めなければ、事態はさらに悪化する可能性があります。火事で言えば、火は出ていないけれども、煙がブスブスと出始めている状態がグレーソーンと言えます。すでに煙が出ている状態なのに、「まだ火が出ていないから」と言って、少量の水で消火していれば、いずれ大規模な火災になりかねません。勢いよく火が燃えてから消火しても、大量の水が必要となり、損失も大きくなります。
そのため諸外国では、交戦規定(ROE:Rules of Engagement)があり、「ここまでなら自衛権を行使していい」ということが予め規定されています。グレーゾーンにおいて、現場の指揮官が自身の判断で自衛権を行使することができます。世界では、そうした権利が当たり前ですが、日本の自衛隊では認められていないのです。
また、現場の判断で行動を決められないが故に、救えるはずの命を見捨てなければならないこともあります。
北朝鮮による拉致事件が頻発していた時、防衛大時代の先輩である海上自衛官が航海中に不審船を発見したそうです。ちょうどその直前に行方不明者が出ていて、拉致された可能性がありました。しかし、立ち入り検査するために不審船を停船させたいと思っても、自衛隊は止める権限を持っておらず、結局、不審船を見逃さざるを得ませんでした。その不審船に拉致被害者が乗っていたかどうかは分かりません。ですが、もし停船・立ち入り検査する権限が現場に与えられていれば、少なくとも船の中に誰が乗っているかを確認することはできました。
その後、停船・立ち入り検査を可能とする海上警備行動へと改善されましたが、依然として、平時の自衛権発動は制限されたままです。自国民を守ることすらままならないという根本的な問題は解決されていません。
――なるほど。そのほかに問題点はありますか。
河: 有事の際に政治家が責任を持って防衛出動を命じられるのかという問題もあります。
現行憲法だと、自衛隊は戦力ではなく、あくまで自衛のための組織。ですので、相手の武力侵害の度合いに応じて出せる出動命令も変わってきます。これによって、他国から武力攻撃を受けているさなかに、「武力侵害はどの程度なのか」という議論に時間を割くという、信じられないようなことも起こり得ます。映画「シン・ゴジラ」でも、そうしたシーンがありましたね。
たとえ防衛出動が出たとしても、細かく規定が定められた自衛隊が十分に応戦できるのか、疑問を抱かずにはいられません。
こうしたことから、もし自民党の憲法改正案がマイナー自衛権を認めるものであれば、自衛隊は少しは動きやすくなるでしょうが、根本的な問題は解決しないままと言えます。自分の国を自分で守れる普通の国になるためには、「戦力不保持」や「交戦権否認」が規定された9条2項の撤廃が不可欠です。
(聞き手:片岡眞有子)
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