《本記事のポイント》
- トランプ前大統領:GDPについて語るよりも「賃金」について語りたい
- 大型減税でコロナ前の家計所得は年間8000ドル増
- 「成長志向」「労働志向」による「賃金増」を実現した大型減税
1月20日で米大統領就任からちょうど1年が経つバイデン氏に対して、またもやマイナス材料が出てきた。物価の伸び率が39年ぶりに約7%増を記録し、「インフレ税」に国民は見舞われているのだ。
不法移民の増加や犯罪率の上昇の問題もあり、現在のバイデン政権の支持率は33%だが、今後25%まで下がるのではないかと言われている。
この落ちこぼれぶりは、トランプ前大統領の就任から1年が経った2018年1月と比較すると極めて対照的である。
トランプ大統領の就任1年目と言えば、誰もが景気が上向いてきたことを感じたころにあたる。
18年1月11日には、米民間で最大の雇用を生む小売大手ウォルマートが、時給を9ドルから11ドルに上げ、従業員には最大で1000ドルまでのボーナスを支払うと宣言した。
世界最大の時価総額を誇るIT企業アップルも、2500ドル相当の譲渡制限付き自社株取得権をボーナスとして従業員に提供した。しかも380億ドル(4兆3400億円)の税金を納め、海外に留保していた2450億ドル(約28兆円)の現金をアメリカに戻すと発表した。
これらは全て17年12月22日に成立した「減税・雇用法」 (Tax Cuts and Jobs Act(TCJA))の成立を受けてのことである。
この歴史的な法案成立のいきさつを詳細に紹介した本が昨年11月に発刊された。トランプ前政権で、17年9月から19年6月まで経済諮問委員会(CEA)の委員長として大統領上級顧問を務めたケビン・A. ハセット氏が執筆した『The Drift - Stopping America's Slide to Socialism - (漂流─アメリカの社会主義化を止める─)』(未邦訳)である。
ハセット氏は、マサチューセッツ州の田舎出身で、コネチカット州からミシガン州に至るラストベルトと同じく、生まれ育った町がさびれていくのを目の当たりにしていた。
「出身の町から雇用が失われるのはなぜか。政策担当者にできることはあるのだろうか──」。大学で経済学を専攻したハセット氏は、そんな思いを抱いて、税制がビジネスと設備投資に与える影響について研究を開始した。最終的に税金の安い国が高い国よりも雇用や所得面で成果を上げているという結論に至った。
トランプ前大統領:GDPについて語るよりも「賃金」について語りたい
ハセット氏は鍵となるのは「法人税」だと理解していた。経済協力開発機構(OECD)の中では最も高く、世界では4番目に高いアメリカの法人税の最高税率は38.9%(連邦と州を合算した税率)だった。
ハセット氏がトランプ氏に高い法人税率が設備投資や生産性、GDPに与える影響を説明すると、トランプ氏はこう答えたという。
「こんなバカげたことがあるか。だが私は国民総生産(GDP)について話をしたくない。賃金について語りたい。なぜならそれが、国民が家に持ち帰ることができるお金だからで、国民の関心事だからだ」
トランプ政権は連邦レベルで35%の最高法人税率を21%に下げることで、国民総生産は10年間で2~4%上昇することになり、賃金は3年から5年のうちに4000ドル(45万円)以上も上昇するという試算を発表した。
中国の不公正な貿易慣行と相まって、高い法人税率は税率の低い国への租税回避、国内投資や生産性、賃金の減少となって表れていた。それは平均寿命にも影響を与えていた。
トランプ氏はレーガンが冷戦時代ベルリンでソ連に命じたごとく、「この税率を壊しなさい(Tear down this rate)」と国に命じたことになる。
「6.2兆ドルもの赤字になるぞ!」
トランプ氏の「減税・雇用法」の成立は、決して一筋縄にはいかなかった。当時、左右両極からすさまじい猛攻を受けていたことをハセット氏は明かした。
オバマ政権と関係の深かったタックス・ポリシー・センターやブルッキングス研究所は大型減税法案を批判し、10年間で6.2兆ドル(708兆円)もの歳入減になり、連邦レベルの政府債務を急増させると主張。彼らの主張がもっともらしく聞こえたため、大型減税はもう少しで廃案になりかけたという。
だが最後には、もし金利が変わらなければ、最高限界税率を下げることで「働くことや貯蓄、投資へのインセンティブを上げる」とこっそりと認めた。
「減税すると債務が膨張する!」
また身内である共和党からも批判が続出した。
中でも特筆すべき批判は財政タカ派(財政再建重視派)からのものだ。ボブ・コーカー共和党上院議員は、「減税は歳入減を招き、政府債務を膨張させる」と批判。
共和党の上院議員が反対すれば減税・雇用法案を成立させられない。彼らを味方につけなければならなかった。
「減税すれば債務が膨張する──」。この考えは誰もが陥りやすい罠の一つであろう。「経済を静的モデル」で捉え、ダイナミックさを捉えることができないのだ。
新しい設備などへの投資が行われると、生産性が高まり、賃金が増える。そして最終的には歳入も増える。これが資本主義によって生まれる「善の循環」の仕組みだ。
政治家や官僚は、政府が経済を動かして「成長させることができた」とPRしたいがゆえに、政治家がいなくても、自然にもたらされる好循環を理解できないし、しようとしない人が多いのである。
大型減税でコロナ前の家計所得は年間8000ドル増
しかし現実には、左派や共和党の財政タカ派との予想とは逆に、そしてハセット氏ら経済顧問の当初の予想を遥かに超える好循環が起きた。
以下は、ハセット氏が経済担当大統領補佐官だったゲーリー・コーン氏とともに「Tax Reform Has Delivered for Workers(税制改革は労働者に約束を果たした)」と題して、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙(21年10月12日付)に掲載した記事の内容である。
「2018年の設備投資の動向は、減税・雇用法の成立前と比べると、4.5%高く、このトレンドは2019年まで続いた。これが低賃金の仕事の生産性と賃金とを押し上げた。高校の卒業資格のない労働者の賃金は9%も伸び、平均的な家計所得は4000ドル(45万円)どころか、6000ドル(68万円)増えた」
家計所得が増えるまで3年から5年もかからなかった上、新型コロナウィルスに襲われる前のアメリカでの家計所得は8000ドル(91万円)も増えたという。過去最低の賃金の伸び率を記録したオバマ政権と対照的である。
最終的には700万人もの雇用を生み出した。
また平均的な世帯当たりの月額の収入が2500ドル(28万円)以下でもらえるフードスタンプ(低所得者向け食費補助) の受給者は 、カナダの人口に匹敵する3600万人も存在した。そのうちの700万人がフードスタンプの受給者ではなくなったのである。さらに投資を呼び込む対象として指定されたオポチュニティー・ゾーン(多くはスラム街)には750億ドル(8兆5600億円)もの民間による投資資金が流れ込んだ。これが白人至上主義者の政策だろうか。
「成長志向」「労働志向」による「賃金増」を実現した大型減税
このように17年末に成立したトランプ氏の大型減税は「成長志向」そのものだった。個人においては働く意欲を喚起する「労働志向」で、企業のレベルでは「国内回帰」を促し、「国内への投資」と「賃金増」を促すものだったのだ。
この逆を行くのが、バイデン政権である。バイデン政権は法人税の実効税率を25.84%から30.84%へと引き上げようとしている。全世界の規模で最低法人税率を定めれば、大企業の移転を防げると考えているのかもしれないが、法人減税の効果で、設備投資が増え、生産性が上がり最終的な賃金増につながったという善の循環が理解できないのである。
さて、日本の政治家はどうだろうか。法人税優遇による「賃上げ」はトランプ政権が行ったことの反対である。家計所得が年間4000ドルから、コロナが流行る直前に8000ドルまで増えたことを考えると、民間企業が潤うことによる所得増は、政府による10万円給付の効果を遥かに超えており、「老後の資産防衛」そのものだ。
政府は富を生み出さないので、自然と賃上げをしたくなるような環境を整えるのが政府の役割である。民間企業に命じれば経済はうまくいくという「大きな政府」路線を止めなければ、日本は衰退の一途を辿ることになりかねない。
【関連書籍】
『減量の経済学』
幸福の科学出版 大川隆法著
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