《本記事のポイント》

  • アメリカで話題になった論文が示すアメリカの孤立主義的傾向とは
  • 1938年当時のチェコスロバキア=台湾、フランス=日本
  • 「台湾を死守する」という主権国家としての主体的判断を世界に示すべき

主要7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳宣言において、「台湾海峡の平和と安定」が明記され、中国包囲網が形成されつつあるようにも見える。だが気になるのは、アメリカにおいても一定程度、台湾有事への不介入論が存在することである。

この点で非常に話題になった論文がある。元米国家安全保障会議(NSC)補佐官で外交問題評議会上級研究員のロバート・D・ブラックウィル氏と、同じく元NSC補佐官で現フーバー研究所の上級客員研究員のフィリップ・ゼリコウ氏が米外交問題評議会で発表した論文「The United States, China, and Taiwan: A Strategy to Prevent War」である。

この論文は、アメリカの孤立主義的傾向を示していると評されることがあるものの、必ずしもそうとは言い切れない面があるため、注意深く読む必要がありそうだ。

両著者は、台湾を守ることはアメリカにとって「死活的に重要な国益か」と問いかける。「死活的に重要な国益」は、国民に「戦争に行け」と命じることになるから、細心の注意を払って定義されるべきとする。

その上で、ナチス・ヒトラーによるチェコスロバキアのズデーテン地方の併合が、アメリカの台湾防衛において示唆的な事例であると取り上げている。彼らの論文の結論部分を一部紹介することにしたい。

日本の意思決定を同盟国に共有すべき

  • ナチス・ドイツがズデーテン地方の併合や解体を行ったことは、イギリスの死活的な利益にとって脅威だったのか? ネヴィル・チェンバレン首相率いるイギリス政府は「ノー」と判断した。

  • チェコスロバキアの併合は、フランスの「死活的に重要な国益」に対する脅威であったか? エドゥアール・ダラディエ率いるフランス政府は「イエス」と判断した。

  • ドイツがフランスを征服するという脅威は、イギリスの死活的な利益に対する脅威だったのか? チェンバレン政府は「イエス」と答えた。

  • 1938年の時点でイギリスとフランスが対独戦争に踏み切るべきだったのか、今日に至るも歴史家たちは議論をしている。

  • こうした過去のケースは、必ずしも明確な答えをくれるわけではない。台湾が我々の死活的に重要な国益かどうかの現在の結論は、こうである。

  • 中国による(平和的な)台湾併合は、アメリカにとって死活的に重要な国益か。そうとは言えない。

  • 中国による台湾併合は、日本の死活的に重要な国益に対する脅威か。十中八九そうである(Probably)。日本はこの問いに答えを出し、アメリカをはじめとした同盟国にその分析を共有すべきである。38年に、フランスはチェコスロバキアと防衛協定を結んでいた。日本は、そうした約束を台湾としていないし、そのようなものを結ぶ必要性も感じていない。

  • 中国が暴力的に台湾を征服し、アメリカが抵抗しなかった場合、アメリカの死活的に重要な利益を脅かすことになるか。恐らくそうである(Perhaps)。お決まりのアメリカの信頼性という点からだけでなく、中国、台湾、日本の評価によっては、おそらく脅威となる。

1938年当時のチェコスロバキア=台湾、フランス=日本

日本にとって重要なのは、ブラックウィル氏とゼリコウ氏が「中国による台湾併合は日本にとって死活的に重要な国益に当たるのか」についての結論を下し、それを同盟国に共有すべきであると述べている点である。

アメリカの対応は、台湾や日本の本気度、アメリカが中国の野心をどう見るか等次第のところもあると彼らは言う。このため日本の出方は決定的に重要な要素となる。

台湾併合は日本にとって間違いなく「死活的に重要な国益」が脅かされることになるのだが、日本の政権に当時のフランス以上の防衛協定や、台湾関係法さえ結ぶ気がないのは、アメリカにとって懸念すべき事態として映っているのだ。

両著者が現在の台湾が置かれた状況に近いと比較対象にするのは、38年当時のチェコスロバキアである。ヒトラーは、ズデーテンの併合を「最後の領土要求」であると主張。同年9月の英仏伊独のミュンヘン会談の結果、ドイツの要求が認められ、ズデーテン地方の併合が行なわれた。

チェンバレン首相が、併合要求をのめばこれ以上の侵略行為は止まり、戦争を回避できると考え、宥和政策を実行した。同首相はまた、ヒトラーの提案による英米独の世界三分割案も悪くない考えだとしていたことも、この宥和政策を助長した。

だがその後の歴史が物語るように、ヒトラーは39年にチェコをドイツの保護領とし、同年9月にポーランドへ侵攻。第二次世界大戦が勃発することになる。

チェンバレン首相の宥和政策は、ドイツがそれ以上の侵略を続けないことを"願った"ものだったが、譲歩は相手を増長させただけだった。

両著者が主張するように、台湾の状況は当時のチェコスロバキアの状況に近い。チェコは兵器庫としても有名で、今の台湾が半導体の製造で世界的に重要な役割を担っている点でも類似している。

「台湾を死守する」という主権国家としての主体的判断を世界に示すべき

もし台湾が中国の手に落ちたら、どうなるのか。国内の民主派が蜂起し、それを鎮圧するために中国の人民解放軍や武装警察が派遣され、「血の海」になる。海上交通に依存する日本は、中国の禁輸措置にさらされ、同国の意に反する政策は、事実上採れなくなるだろう。中国が西太平洋の制海権・制空権を握るため、アメリカは沖縄から撤退し、日米同盟は事実上消滅してしまうだろう。

そのような状況が間近に迫っている中、台湾占領後の状況について、日本国民は事実上、知らされていない状況にある。

ブラックウィル氏とゼリコウ氏が述べている通り、アメリカの動きが「日本の本気度」に左右されるなら、「台湾海峡の平和と安定をG7の共同コミュニケに明記できた」「ワクチンを台湾に届けた」という"成果"に安住してはならない。「台湾の独立を日本は死守する」と決断し、それを同盟国に伝えなくては、アメリカは日本に対して苛立ちを一層募らせることになるだろう。

アメリカの孤立主義は日本が招いている

日本はまだ台湾が「死活的に重要な国益」かどうかについて、明確な言葉で世界に発信できていない。

その理由の一端は、憲法9条を制定後、「半主権国家」に成り下がったことにある。主権国家としての独立の危機を招いているだけでなく、主権を守るための自律的な判断力さえ失わせた。判断機能をアメリカに預けることが、習い性になったからである。フランスの保護国モナコのような存在になってしまったと言ってもいいだろう。その精神的な面におけるダメージは計り知れない。

台湾有事は日本にとっての有事でもある。台湾防衛に本気なら、当時のフランス以上の具体的行動、まずは台湾関係法を結ぶことや、政府高官の訪問などを身をもって示さなければならない。そうでなければ、米軍は台湾有事で介入を控えることさえあり得る。

残念ながら日本は、「アメリカが何とかしてくれる」といった他力本願の構えで、時間を空費してきたように見える。

20世紀の政治哲学者カール・シュミットの主張を持ち出すまでもなく、それは判断し決断を下すという政治的に本質的な行為から逃げているだけである。しかもシュミットは、「政治的なものが、この世から消え失せるわけではない。ただ、いくじのない一国民が消え失せるだけにすぎないのである」とまで警告している。

日本では、アメリカの孤立主義を危惧する声がある。だがそれは日本の主体的な判断力の欠如が招いている部分が多分にあることを自覚すべきだろう。

日本は、正義の立場から価値判断を行うだけの、主体的判断能力があるはずである。米中を両天秤にかけるような政策を続けるなら、アメリカで非介入論が多数派となってもおかしくない。

(長華子)

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