《本記事のポイント》
- 主眼として打ち出された「多次元統合防衛力」とは
- 空母で太平洋側を含めた島嶼部などの防衛強化を目指す
- 日本は防衛大綱が目指す「優位性」を獲得できるのか
元航空自衛官
河田 成治
プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
政府が新たな防衛計画の大綱(防衛大綱)と中期防衛力整備計画(中期防)を、昨年12月18日に閣議決定した。
護衛艦「いずも」の甲板を改修し、最新鋭ステルス戦闘機F35Bとの一体運用を決めた。敵基地攻撃にも転用可能な長距離ミサイルなど、「専守防衛」に反すると批判が根強い装備品も盛り込まれた。
中期防では、防衛費も過去最大を更新。従来の対GDP比1%水準を突破し、今後5年間の防衛費の総額を過去最高の27兆4700億円とした。
防衛力の抜本的強化に乗り出す背景には、軍拡を続ける中国への危機感がある。このため、新大綱には、「多次元統合防衛力」を主眼とし、中国などが攻撃能力を高める宇宙やサイバー、電磁波といった領域での防衛体制の強化を盛り込んだ。
今回の防衛大綱の狙いについて、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)未来創造学部で安全保障や国際政治を教える河田成治アソシエイト・プロフェッサーに話を聞いた。
国家戦略である「国家安全保障戦略」を改訂すべき
──政府は、防衛大綱を2018年12月に閣議決定しました。どのような特徴がありますか。
河田成治氏(以下、河田): 安倍政権は、「防衛計画の大綱」(防衛大綱)を5年ぶりに改定しました。防衛大綱とは、政府が10年程度の期間を見越して定める防衛力の整備、維持、運用に関する基本方針のことです。
アメリカは4年ごとに見直していますから、日本を取り巻く安全保障の環境が激変する中では、10年にこだわる必要はないのではないかと思います。一方、中期防衛力整備計画は、大綱に基づいて、5年ごとの部隊規模や経費を明示するものです。
防衛大綱で強調されているように、「安全保障環境が激変している」というのなら、2013年に策定された「国家安全保障戦略」も変えるべきです。これは、国家として目指すべき姿や戦略を示したもので、それに基づいて国家としての防衛はどうあるべきかを策定するのが、防衛大綱の位置づけだからです。
アメリカは昨年末に国家安全保障戦略(NSS)を策定し、それに基づいて4年ごとに国防計画の見直し(QDR)を行いました。またアメリカでは国家防衛戦略(NDS)、国家軍事戦略(NDS)も策定しています。国防総省としてはどうするのか、軍としてはどうするかを計画するわけです。
今回の防衛大綱の特徴は、「以上のような安全保障の現実に正面から向き合い、従来の延長線上ではない真に実効的な防衛力を構築するため」という表現に見られるように、これまでと本気度が違うという点です。安倍晋三首相は防衛大綱発表以前にも同趣旨の内容を繰り返し述べていました。日本を取り巻く脅威を見据えて、国防に本気で取り組む意気込みが伝わってくるものになっています。
陸海空のみならず、宇宙・サイバー・電磁波をも統合
──今回の防衛大綱では「多次元統合防衛力」を主眼としています。
河田: 2010年の防衛大綱では「動的防衛力」を、2013年の防衛大綱では「統合機動防衛力」を主眼としていました。2010年は、アメリカのテロとの戦いに歩調を合わせるために、「動的防衛力」を掲げました。さらに「陸海空」が一体となって尖閣諸島などの島嶼防衛等に当たることの重要性が確認され、2013年は「統合機動防衛力」という考えを掲げました。
「陸海空」だけでなく、サイバーや宇宙、電磁波の領域も統合しなければならないというのが「多次元統合防衛力」の趣旨になります。その意味で、流れとしては深化・発展しているといえます。
今回の防衛大綱の中には、「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域については、我が国としての優位性を獲得することが死活的に重要となっており、陸・海・空という従来の区分に依拠した発想から完全に脱却し、すべての領域を横断的に連携させた新たな防衛力の構築に向け、従来とは抜本的に異なる速度で変革を図っていく必要がある」という記載があります。
「宇宙・サイバー・電磁波において優位性を獲得する」としているのが大きなポイントでしょう。
一方で中国は、月の裏側に無人の着陸船を送り込み、月面基地建設に向けて着々と準備を進めています。また2024年に宇宙ステーションを完成させる予定でいます。
中国の技術が、宇宙に加えサイバーの領域でも相当進んでいることを考えると、「優位性を獲得する」のはどこまで可能なのかという問題が残ります。
この「すべての領域を横断的に連携」(クロスドメイン)という空間軸と、平時から有事までのすべての段階で防衛するという時間軸の両面で対応するという構想が今回の多次元統合防衛力です。
これによって第一に、中国の大量のミサイル攻撃による飽和攻撃を受けたときに、現状の自衛隊の対処能力は限られていますが、他の領域である電磁波やレーザー、サイバーなどを活用することで(非物理的打撃)、劣勢をカバーすることが想定されています。
ただ、サイバーにしても中国のほうが進んでいますから、「新たな能力の獲得が死活的に重要」としているのは、その通りだと言えるでしょう。
第二に、大綱では「宇宙・サイバー・電磁波を含む全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする」としていますので、このクロスドメインバトルをグレーゾーンであっても行いますよということを言っています。漁民に化けた民兵がやってくるような、民兵と軍人が入り混じるハイブリッド戦争のような事態にも対応しますということです。
日米間の共同作戦を目指したクロスドメインバトル
──アメリカの作戦との整合性についてはどう見ますか?
河田: 現在の米軍は「マルチドメインバトル(多次元戦闘)構想」を持っています。これはすべての領域で敵に対して優位に立つことを目指すものです。その意味で、日本のクロスドメインバトルに比べて一歩踏み込んだものです。
日本は日米同盟のなかで共同作戦をとりますので、アメリカのマルチドメインバトルに合わせざるを得なくなります。日米で協力して戦うという姿勢が、今回の防衛大綱のなかに盛られていると言えるのではないでしょうか。
日本は、アメリカのようにすべての領域で優位に立つところまではいきませんが、アメリカの能力を補完しつつトータルで、すべての領域において優位に立つ状況を作ろうとしているのではないでしょうか。
アメリカの方針が、テロとの戦いから、大国間の熾烈な競争 (great power competition)に変わったため、日本の防衛大綱もその方針に合わせようとしていると言えるでしょう。
空母で太平洋側を含めた島嶼部などの防衛強化を目指す
──政府は護衛艦「いずも」を改修し、事実上空母化しました。そしてステルス戦闘機F35Bとの一体運用を決めています。空母は何のために使用されると考えられているのでしょうか。
河田: 中国海空軍は、沖縄本島と宮古島の間を通って太平洋に出ていき、グアムを通る第二列島線から米軍が入ってくるのを阻止する接近阻止・領域拒否(A2AD)戦略を立てています。
しかし、小笠原諸島からグアムに至る第二列島線は自衛隊のレーダー監視も手薄で、防衛が十分ではありません。
この第二列島線あたりに中国の船や飛行機がいても、発見が遅れる恐れがあります。この領域で不測の事態が起きた場合、航空自衛隊の基地からでは航空機による対処ができないことが考えられます。なおF35Bの作戦行動半径は830キロ程度のため、日本の本土からでは届きません。6800あまりある島嶼部を守るには、空母がないとどうしても届かないのです。
空母を持てば、グアムの米軍と連携して戦うことができるようになりますし、基地のない太平洋側の防衛強化が期待できるのです。
日本はステルス戦闘機F35Bを合計42機持つことになりました。この機数から見る限り、現段階の予測ですが、将来的に空母を4隻ぐらい持つ予定ではないでしょうか。なぜならば空母は整備や補給が必要となるため、1隻では不十分だからです。
日本は防衛大綱が目指す「優位性」を獲得できるのか
──今回の防衛大綱を総括するとどのように評価できますか?
河田: 日本がクロスドメインと呼ぶ作戦構想に当たるものは、米軍ではマルチドメインバトルという作戦構想になっています。呼び方は違っても、同じような防衛構想を持っています。これによって日米が相互運用性を強化し、日米の相乗効果が高まるような作戦を実行できるようになることが重要です。
空母の数を将来的には増やそうとしていますが、「いずも」の次に「かが」を改修して空母化するのは、10年程度かかると思われますので、防衛大綱の記述である「従来と抜本的に異なる速度で変革を図っていく」という考えとの間に大きなギャップがあります。
また防衛大綱で「宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域」でも「優位性を獲得することが死活的に重要」とされていましたが、「現実に優位性を獲得できるのか」という問題も残されています。
サイバーについては、その攻撃が日本への武力攻撃であると認定される場合においては、日本は自衛権の発動が許されるとの立場を取っています。しかし従来から「組織的かつ計画的な武力攻撃」としてきた自衛権の条件では、何がその要件として満たされなければならないのかという法律上の問題は未だ解決していません。
加えてサイバー攻撃に対して、日本の防衛方針である「専守防衛」では、実際の防衛は困難と考えられています。
最後に新防衛大綱では「陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波」の領域を統合運用しようとしていますが、この場合、トップである統合幕僚長に一層負担がかかります。
参謀も指揮官も両方を同時にやるというのは、一人の人間が負える仕事ではありません。これを分けるべきではないかという問題意識が自衛隊の中で高くなってきています。ところが今回の防衛大綱では、統合幕僚司令部を創設するという点は触れられていませんでした。人的にも、陸・海・空のほか、宇宙・サイバー・電磁波を本当に「統合」できるのかという課題が残っています。
今回の防衛大綱は、日本を取り巻く安全保障の環境に対する危機意識から、それに対応しようとする意気込みや気概が感じられます。しかし予算の制約の中、日本が国家の危機的状況に対応可能な国防力を持つことができるのかは大きな疑問が残ると言えます。
(聞き手 長華子)
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