2011年11月号記事
いよいよ北方領土がロシア軍の基地となりつつある。
プーチン首相は9月8日、北方領土と千島列島の開発計画について、今年中に12億ルーブルを増額する政令を発した。択捉島では既にロシアによる空港建設が進んでいるが、北方領土の空港や港湾といったインフラ整備をさらに加速させる方針のようだ。同日には訓練中のロシア軍機が日本列島上空を一周するなど、ロシアは日本に揺さぶりをかけている。北方領土で強まるロシア軍のプレゼンスは、ソ連の崩壊で弱体化したロシア極東軍の復活を印象付ける出来事だ。
ロシア海軍は、向こう10年で1億ドル以上の予算を割いて、潜水艦などの装備拡充に充てる方針だが、それと同時に ロシアは、軍事政策の重点をアジア・太平洋地域にシフトしている。 それを裏付けるのは、フランス製のミストラル級強襲揚陸艦を太平洋艦隊に配備する決定だ。ミストラル級は450~900人の兵員とヘリコプターや車両を搭載できる多目的艦であるが、これを北方領土や千島列島の防衛のために配備する予定だという。
6月のアジア安全保障サミットにも初参加したロシアは、東アジアのパワー・バランスの一角に再び食い込もうとしている。 日本にとっては、中国だけではなく、ロシアとの軍事バランスにも留意し、防衛力の強化に努める必要がある。
シベリア鉄道を韓国に延長!?
ロシアは経済面でも東アジアへの進出を拡大中だ。近代ロシアは不凍港を求めて南下政策を取り、その動きを脅威と感じた日本と朝鮮半島をめぐって争ったが、いまやシベリア開発を超えて、ロシアの極東政策はその朝鮮半島にも着実に及んでいる。
メドベージェフ大統領は、8月下旬に行われた北朝鮮の金正日総書記との首脳会談で、東シベリアから韓国までをつなぐガス・パイプラインの建設を持ちかけ、合意を得た。経由地の北朝鮮が通過料として年1億ドルを得るこのプロジェクトは、韓国側の反対が予想されたが、李明博大統領は「3カ国すべてに利益になる」との判断を示し、9月16日には韓国側も工程表に署名した。
ロシアはインフラ事業をテコに朝鮮半島での立場を高めようとしているようだ。8月23日付アジア・タイムズでは、韓国人ジャーナリストのサニー・リー氏が「ロシアは極東地域の経済回復を狙い、シベリア鉄道の北朝鮮と韓国への延長に関心を持っている」と指摘している。
中国対策で日ロは手を結べ
こうした、軍事・経済両面における極東政策拡大の背後に、ロシアはどのような意図を持っているのだろうか。そこには、ハイ・ペースで軍拡と経済成長を続ける中国への懸念がある。
ロシアの石油埋蔵量の65%と天然ガス埋蔵量の85%は、シベリアに眠っているとされる。ロシア極東地域の中国人住民は5万人ほどにすぎないが、中国人商人は現地で影響力を強めているようだ。中国が東シナ海などで展開する、資源目当ての領土争いを考えれば、ロシアが中国とのバランスを真剣に考えるのもうなずける。
ロシアの最大の懸念が中国の軍拡なのであれば、今後ロシアの東アジアでの立ち位置もその懸案を軸として展開することになるのだろう。
6月9日付のモスクワ・タイムズでは、英国際戦略研究所のオクサナ・アントネンコ上級研究員が、「ロシアは日本との関係を修復し、中国とさらに距離を置き、北朝鮮の六カ国協議にもっと積極的に関与する必要があるだろう」と論じている。
中国の軍拡への懸念を共有できれば、ロシアと日米との連携も可能になる。8月30日付のモスクワ・タイムズに寄稿した米戦略国際問題研究所のアレハンドロ・スエルド氏は、「 中国に対する共通の懸念があれば、中国との対話と封じ込めの戦略において、米ロの関係深化の機会になる 」と論じた。
結論としては、まず中国だけでなくロシアとの軍事バランスも取るべく防衛力を強化することである。これは北方領土返還と万が一の有事に備えるために必要であると同時に、ロシアにとっての日本が、中国に対抗するための有力なパートナーとなるという意味がある。
その上で、シベリア開発などを通じたロシアとの協力関係を、まずは経済の面から築いていくことが望ましい。 冷戦時代の感情的なしこりから、米ロの協調は容易ではないから、その間を日本が取り持つことが大切だ。
防衛力強化による外交力拡大と中国対策での協調で、日本はロシアの極東進出をチャンスに変えることができる。