2022年9月号記事

いいかげんに小手先はやめよ!

岸田首相の原発再稼働策

見せかけの"再稼働指示"表明に騙されてはいけない。
首相は、本格再稼働を阻む本質の問題に斬り込まなければ、多くの病人や高齢者の命を危険にさらすことになる。

岸田文雄首相は7月14日、全国で最大9基の原発を再稼働する方針を表明した。

この報を聞いて、「いよいよ首相の英断で、日本の電力危機が解消されるか」と期待した国民もいるかもしれない。ところが実は問題の本質は、ほとんど何も解決されていない。

夏に間に合わず冬も不十分

第一に、「9基稼働状況」になるのは冬になってからのことである。目下乗り切るべき電力需要の山場はこの夏であり、そこに間に合っていないことを評価することはできない。

その結果、今夏の電力需給は依然厳しい。首相は会見で、「火力発電を10基(分)動かして、電力の安定供給を確保する見通しが立った」と強調した。しかしその実情は、老朽化や保守点検のために停止していた火力を無理やり動かしているのであり、これが極めて危ない。

7月初旬に千葉火力発電所と東新潟火力発電所で火災が発生したことは記憶に新しい。

2021年冬に電力がひっ迫し、石炭火力をフル稼働させたが、予期せぬ停止をした発電所は合計で約700万キロワット分に迫った。これは原発7基分に相当する。老朽火力を無理に動かすことは、「電力の安定供給」などとはとうてい言えないのだ。

さらに最近は地震も多い。こうした災害で発電所が緊急停止すれば、18年に北海道の地震でブラックアウト(全域停電)が起きたような悲劇が繰り返される可能性がある。

停電が起きれば、医療設備の電源喪失や熱中症で、病人や高齢者の命が危機にさらされる。

第二に、冬になって9基が稼働しても、その原発は全て西日本にある。しかし電力ひっ迫が深刻なのは、東日本である。この地域は依然、「稼働ゼロ」が続く。

こうした地域で、降雪で太陽光発電の出力が下がり、寒波などで電力需要が予想外に増えれば、再び供給が綱渡りとなる。そんな時に、火力でのトラブルや災害が重なれば、やはり停電が起きる。体温低下は体調悪化の大きな要因となり、病人や高齢者の命は、もっと危険にさらされるだろう。

動かす原発は全て一度再稼働済みで新規の判断はなし

結局、何も変わっていない。

なぜなら首相は「電力危機解決に励んでいる」かのような姿勢を見せながら、日本の原発を止めている最大の問題から逃げているからだ。

というのも、首相が"動かす"つもりの原発は、全て新規制基準に適合済みで、「再稼働済み」の原発なのである。

現時点で未稼働の5基は「定期検査」で止まっており、4基は元々、冬までに再稼働する予定だった。残り1基は、検査後に「テロ対策施設」の工事で再稼働が遅れるところを、何とか来年1月下旬に稼働させようとしていたものだ。

これらの原発は、経済産業省も再稼働を既定路線としていたので、事業者側もすでに供給力に「織り込み済み」(電気事業連合会・池辺和弘会長)。つまり、需給が「厳しい状況に変わりはない」(同)のだ。

首相は、電力がひっ迫する東日本で、安全確認を終えた4基の原発が稼働できないでいる問題には手をつけなかった。また、原発再稼働を阻む根本的な構造、特に「原子力規制委員会の不合理な運営」を中心とした根本問題の解決は先送りにしている。その結果、再稼働は遅々として進まず、国民の命を危険にさらし続けているのである。

 

次ページからのポイント

再稼働の壁── 原子力規制委員会

規制委・更田委員長の問題点

キヤノングローバル戦略研究所 杉山 大志氏インタビュー