映画ファンの皆様、お元気ですか。
先月8月は映画監督・溝口健二(1898-1956年)の没後70周年の月でした。今の若い世代には溝口の知名度は高くないと思いますが、世界の人びとと日本映画を語るうえで今なお必須の作家です。リバティ読者の皆様にもぜひその作品に触れていただきたく、現在、東京の神保町シアターで組まれている記念特集の上映作品から『雨月物語』(1953年)をご紹介します。
本作は同年のヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(同年の最高賞)を受賞し、海外でも映画史上の最高傑作の一つとされてきました。物語は江戸時代の読本(よみほん)作者・上田秋成の怪異小説集『雨月物語』に収められた二編をアレンジしたものです。人間の業(ごう)をめぐる仏教的教訓を含む、溝口作品の幽玄な映像美の極致です。
(あらすじ)
戦国時代、琵琶湖畔の村に住む貧しい陶工の源十郎(げんじゅうろう・森雅之)は焼き物で儲けようと欲にかられ、妻の宮木(みやぎ・田中絹代)をおいて市でにぎわう土地に赴く。買われた焼き物を届けるため客の屋敷を訪れた源十郎は妖艶な美女・若狭(わかさ・京マチ子)にもてなされ、彼女との愛欲に溺れて屋敷に居続ける。その間に宮木は落武者に襲われ、市で出会った修行者から死相が出ていると諭された源十郎は若狭と屋敷の真相を知って村に帰るが──。
まず映像美。溝口は本作の製作前の抱負をこう述べています。「東洋的なもの、例えば水墨画の格調、そういう美しさ、単純化されたものの中に立派なものがあります。そういうものが作品の構図の中に出てくると面白いと思います」。本作の画面について、この「水墨画の格調」という言葉以上のものはないでしょう。若い世代には白黒映画が苦手という方もいますが、そんな方は本作で白黒映画の極美をご覧になってください。
また、本作で顕著なのがクレーン撮影の効果です。溝口作品や黒澤明作品の撮影監督として世界的に知られる宮川一夫によれば、本作は「お化けの話なので、全体の七割はクレーンに乗って撮影して不安定な感じを出した」とのことです。クレーンに乗せたカメラは人間の視点より高い中空を含めて上下左右に自由に移動しますが、こういう視点でものを見るのは生身の人間には不可能であり、それができるのは唯一、宙を浮遊する「霊」です。本作のこの世ならざる雰囲気はこうした視点によるところが大きいわけです。
そして俳優から真情迫る演技を引き出したのが、独特の演出法です。溝口は俳優の演技が気に入らず撮り直す際、具体的な指導はせず、ただ「違います」と言うだけだったそうです。それが何度も繰り返されるので俳優は追い詰められ、苦しみながら考えた末、自己の限界を超えた演技に辿り着く。ソクラテスの守護霊が何をしろとは言わず「何をするな」としか言わなかったことを想起させる、厳しくも深い指導法です。
なお、本作で源十郎を演じた森雅之にはこんな話があります。森は複数の溝口作品に出演し、溝口の信頼が厚かった俳優ですが、溝口から演技の注文をつけられたのはただ一度、本作で「目から光を消してくれ」と言われたことだそうです。森は白樺派の作家・有島武郎の長男で、知的な環境で育ったインテリでした。その知性の光が、戦国時代の貧民という役柄を邪魔していたのでしょう。溝口の霊的ともいえる洞察力を物語るエピソードです。
見どころは数多くありますが、ラスト近くで源十郎が村の家に帰りついた場面では、最初は無人と思われた家で妻を探し、その姿を見出すところで、単純なカメラワークによる驚嘆すべき映像マジックが用いられています。CGのない時代にアイデア一つでこうした玄妙な効果を上げているのは凄いとしか言いようがありません。
こうした映像美や撮影法、演出法を通して観客に伝わるものは何か。原作者の上田秋成は幸福の科学の霊査によれば、現代アメリカに映画監督サム・ライミ(『死霊のはらわた』『スパイダーマン』シリーズ)として転生しています。サム・ライミの守護霊は霊言で、ホラー映画の意義についてこう語っています。
「『悪魔を知ることが神を知ること』なんです。『悪霊を知ることは、救世主や聖人とは何かを知るということ』なんです」
本作には神や救世主は出てきませんが、死霊を祓う仏教的な力が出てきます。怪異譚は人間の恐怖心と好奇心に訴えて超自然的な霊の世界の存在を感じさせ、逆説的に神仏の存在を教えます。本作のラストでは仏教的な教訓がスピリチュアルな形で語られ、全編を貫く映画的魅力とあいまって深く心に残ります。
溝口作品は映像美と普遍的メッセージによって、ゴダールをはじめ海外の多くの映画作家に影響を与えました。その仕事は芸術映画が世界に文化的インパクトをもたらすことの証明であり、『雨月物語』はその最右翼です。映像面でも脚本面でも日本映画の到達点を知るための歴史的作品として、ご都合のつく方には劇場での鑑賞を心よりお勧めします。
(田中 司)
『雨月物語』
- 【公開日】
- 2026年9月5日~9月11日 神保町シアターにて
- 【スタッフ】
- 監督:溝口健二
- 【キャスト】
- 出演:森雅之 京マチ子 田中絹代ほか
- 【その他】
- 1953年 | 97分 | 日本
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