2021年11月号記事

コロナに負けるな!

世界大恐慌、第二次大戦、オイルショック……

大不況下での

松下幸之助・逆境突破経営術


新型コロナウィルスの収束は見えず、歯を食いしばっている経営者は多いだろう。
「経営の神様」は数々の経営危機をどう乗り越えたか。
その足跡から、必ずや、指針やヒントが学べるはずだ。



松下幸之助

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(1894―1989年)
松下電器産業(現・パナソニック)創業者。PHP研究所創設者、松下政経塾創立者・初代塾長。時事画報社「フォト」より。

(1)世界大恐慌

「経営の神様」と評される、松下電器産業(現・パナソニック)の創業者・松下幸之助。奉公人から身を起こして始めた電気器具製作所が軌道に乗り、1928年には約300人の従業員を抱える企業に成長した。「松下電器製作所」と改名し、月産10万台の生産能力を持つランプ工場と新本店の建設を始めていた。

ところが翌年、ニューヨーク株式市場の大暴落を契機に、世界大恐慌が勃発。日本は大不況に陥る。街に失業者があふれる中、松下電器も売り上げが急減。倉庫は在庫の山となった。幹部が「工員の半分を解雇しては」と進言すると、幸之助はこう答えた。

「一人たりとも首切りはしない。給料も全額支給する。その代わり、皆で製品を売ってくれんか」

生産を半分に縮小し、工員は半日勤務とする。工員以外は在庫品を売る。営業強化の正面突破で乗り切ろうという幸之助の方針に、幹部や従業員は歓声を上げ、一致団結して休日返上で製品を売って売って売りまくった。在庫の山は2カ月でなくなり、工場はフル生産に戻る。

幸之助の「柔軟な発想」と「根性と熱意の古い兵法が大事」という洞察が危機を脱する力となった。

 

次ページからのポイント

経営危機をどう乗り越えたか・第二次大戦敗戦

経営危機をどう乗り越えたか・オイルショック