2021年10月号記事

Interview

「1.5℃上昇が10年早まった」はメディアのから騒ぎ

「脱炭素」は科学で正当化できない


各国に気候変動政策の科学的な判断基準を提供する、国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が、最新の報告書を発表した。産業革命前に比べて平均気温が1.5度上昇する時期が、以前の2050年から2040年へと10年早まったという。
モデルの改良や北極圏のデータの反映が理由と報じられたが、どういうことか。
IPCCの委員を務めたこともある専門家に現時点の見解を聞いた。


キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

杉山 大志

(すぎやま・たいし) 北海道生まれ。東京大学物理学科卒、同大学院工学研究科物理工学修士了。電力中央研究所を経て2017年より現職。国連気候変動に関する政府間パネル、産業構造審議会等の委員を歴任。最新刊は『「脱炭素」は嘘だらけ』(産経新聞出版)。

CO2の増加による気温の変動は、科学研究に基づく「気候変動モデル」で予測します。モデルは研究の進展などにより、絶えず改良されています。

ただIPCCも、気温予測にかなりの不確実性が伴うことは認めています。「CO2が赤外線を吸収すると温度が上がる」のは確かですが、「そうなると、気温に大きな影響を与える雲や水蒸気の動きがどう変わるか、気温が上がるか上がらないか」は、相変わらず分からないからです。

しかも今回の報告書には、「別に温暖化のせいで大雨が激甚化などしていない」ともはっきりと書いてあります。ただ、この部分はニュースにならないので、メディアは見て見ぬふりをしているのでしょう。本当は報告書には「目玉がない」のが実情です。

気候モデルは改悪された面も

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8月9日に公表された、IPCC第6次評価報告書(自然科学的根拠)。

モデルの改良が、かえって改悪となることもあります。

以前から気候モデルで計算した過去の気温が、現実より高くなりすぎる傾向が指摘されていました。今回使われたモデルは、むしろその傾向が悪化しているところがあります。

過去の温暖化が過大評価されているなら、将来予測も過大評価になる可能性は十分あるので、今回「1.5℃上昇が10年早まる」といっても、それも過大評価かもしれません。報告書が出されたばかりなので、世界中の専門家が、予測が妥当かどうか検討しているところです。

さらに、結果が現実に合うように後で変数を調整する「チューニング」が行われている問題があります。地球温暖化のモデルでは、雲の動きなどがあまりに複雑で観測では決まらないため行われます。政策決定の時には、こうした作業で出てきた数字だと考えないといけません。

北極圏については、これまで計算結果がものすごく外れる傾向があったのですが、今までよりも極地の観測が進み、さらにチューニングが行われたことで、やや当たるようになりました。でも、批判する人からは「北極圏以外の地点はもっと外れるようになった」という意見が出ています。

モデルを作り、それを過去の結果に一生懸命合わせようと調整することは、「研究者の作業」としてはあり得ると思います。ただ、そうして出た予測は、政策決定に使うには信頼性が足りないのではないでしょうか。

気温の上下は感じることもできない程度

今回の報告書では、「地球の平均気温は、1850年頃から150年以上かけて1.1℃上がった」とされています。この数値は、前回2013年のIPCC報告書から0.3℃ほど上がっています(下図)。その理由はあまり報道されませんが、16年から20年の間に「エルニーニョ現象」(*1)で平均気温が上がったことが影響しているのです。

一方、21年の年始からは「ラニーニャ現象」(*2)が始まって平均気温が0.2℃くらい落ちています。CO2の増加よりも影響が大きい自然現象は数多くあり、今後、気温が下がることも十分あり得ます。

そもそも、平均気温が産業革命前に比べて上がっていること自体は確かですが、すごくゆっくりとしています。これは、感じることもできない程度ではないでしょうか。

(*1)熱帯太平洋で貿易風が弱まり、温かい海水が表層に広がって海面気温が高くなる。地球の平均気温を上げる効果がある。
(*2)熱帯太平洋で貿易風が強まり、深海の冷たい水が表層に出て海面気温が低くなる。地球の平均気温を下げる効果がある。

150年で+1.1℃は「すごくゆっくり」

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出典:第6次評価報告書の報道資料より編集部作成。


脱炭素政策正当化のために気候モデルが使われているだけ

G7をはじめとした先進国は「2050年CO2ゼロ」という目標達成に向けて突っ走っています。今年11月に国連気候変動枠組条約の会議(COP26)が開催される時には、今回の報告書に言及する格好で、「突っ走り」が正当化されるでしょう。

1990年に最初のIPCC報告が出てから、「温暖化が危険で、人間が出したCO2によるものであり、待ったなしの大幅削減が必要」という物語が繰り返し語られてきました。こうした物語があると政策や世論が操作されていくのは間違いありません。

それから30年経っても、今後、さしたる危険が迫っている見通しもありません。IPCCの報告書を含め、「2050年CO2ゼロ」を急ぐことを正当化する科学的知見は何もないのです。

巨額の税金を投じて脱炭素対策を行い、自国の産業を破壊し、経済的な破滅を呼び込むことは正当化できません。政策の見直しが必要でしょう。(談)