2011年に、民主化運動「アラブの春」で長期独裁政権が倒れたエジプト。初の自由選挙が行われたものの、事実上のクーデターによって、前国防相のシーシー氏が大統領に就任してから8年が経つ。

近年は開発が進み、人口も増えている一方で、「一帯一路」構想により中東での存在感が大きくなる中国の進出も目覚ましい。

HS政経塾第一期生で、エジプト留学の経験がある幸福実現党の城取良太氏が、新型コロナウィルスの感染が拡大する前にエジプトを視察。大きく様変わりしていくその姿をレポートする。

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城取 良太

プロフィール

(しろとり・りょうた)HS政経塾(第1期生)在籍時に中東研究を専攻し、2012年にカイロ・アメリカン大学に留学。現在、幸福実現党広報本部に所属。

エジプトにとって人口増加は国家最大の危機?

今年2月、エジプトの人口が1億人を突破したニュースが世界を駆けめぐった。

筆者が首都カイロに暮らしていた2012年時点は、約8642万人だった。わずか8年で東京都の人口以上の1500万人が増加した計算になる。

近年、エジプトの人口は年率1.8%以上のペースで増加している。人口増自体はアジア・アフリカ諸国全般に見られる傾向ではあるものの、人口1億人クラスの国で、同等の増加率を見せるのはナイジェリア、エチオピア、パキスタンなどの数カ国に限られる。

このペースでいくと、エジプトの人口は30年には1億2000万人を超えると言われている。少子高齢化が進む日本にとってはうらやましいように見える。

しかし、ネガティブな反応を示しているのが、エジプトのシーシー大統領だ。

同氏は、エジプト最大の危機は「テロリズム」と「人口増加」であると明確な懸念を示し、「子供は2人で十分」と人口増の抑制に躍起になっている。

人口が増え続ける理由

エジプトの人口動態は、まさにエジプトの偉大な歴史が遺したピラミッドを思わせる、綺麗なピラミッド型だ(下図)。

エジプトの人口ピラミッド。CIA World Factbook 2019より。

実に、30歳未満の人口が全体の59%(男性30.3%、女性28.7%)を占める、典型的な「多子若齢化」社会となっている。

この多産化カルチャーの秘密を解くカギの一つは、イスラム教の教えの中にある。

イスラム教の聖典コーラン、預言者ムハンマドの言行録(ハディース)の中で、「結婚や出産は神の意志」とされ、「多産を推奨」されているのは紛れもない事実だ。

しかし、イスラム圏以外のアジア・アフリカ地域、特に貧困や教育環境の不在、物資不足などで苦しむ国々でも、人口増の傾向があることを考えれば、理由はそれだけではないだろう。

人口増と貧困の拡大の相関性を示す2つの指標

増える人口と、貧困の拡大の相関性を示す指標が2つある。

第一が、生活全般について最低限の要求基準により定義される「絶対的貧困線」である。

世界銀行が認定する国際貧困ラインは、一日当たりの生活コストが1.9ドル(約200円)とされる。その基準でいくと、エジプト人3000万人以上が、厳しい生活を強いられていることが分かる。日本の首都圏在住者(約3800万人)の大半が一日約200円で生活していると考えれば、その凄まじさは想像できるだろう。

国際貧困ラインを下回る全人口の割合は、約20年前で16~17%程度(約1000万人)、10年前で25%(約1950万人)だった。それからみると、人口増と貧困の拡大には強い相関関係があることが分かる。

第二は、人口の過半数を占める「若年層の失業率が高すぎる」ことだ。

例えば、男性の20~24歳の29.9%、25歳~29歳の13.2%は失業状態。また同世代の3~4割以上が失業となっている女性はもっと深刻だ(2017年のILO統計)。

人口の受け皿となる雇用が絶対的に足りないことは統計上明らかだ。

人口増との長き戦い

歴史的にも、エジプトは長きにわたって「人口増との戦い」を繰り広げてきた。

過去のサダト、ムバラク政権下では、アメリカから巨額の支援を受けた「家族計画プログラム(Family planning program)」の実施により、1976年から2008年の32年間で、避妊具の使用率が3倍に増加、女性一人当たりの出生数を5.6人から3.0人に激減させた。

しかし、「アラブの春」が起きた11年以降の出生率は再び上昇。要因としては、革命後の混乱や、アメリカとの関係が疎遠になり、家族計画プログラムが一時的に無視されたことが大きい。

エジプト政府は、30年までに出生率を2.4にまで下げようとしているが、先行きは見通せない。

「人口増加・貧困・テロリズム」の連鎖

シーシー氏がもう一つの危機と訴える「テロリズム」の広がりと、「人口問題」は密接な相関性を持ってきた。

何と言っても、エジプトで産声を上げた「ムスリム同胞団」は、20~21世紀を席巻したイスラム過激派組織や悪名高いジハーディストたちの産婆役を担ってきた。

そうした組織の指導層は、必ずしも貧しい者たちだけではない。将来を嘱望されるような高学歴、裕福な家庭出身のエリート子弟たちが、暴力を肯定してでもイスラムの大義を実現しようとするジハーディズムに傾倒した。

ただ、過激派組織に身を投じる若者の絶対数としては貧困層の方が多い。テロと貧困の関係は切り離せるものではないと言える。

大学を出ても、定職に就けない失業問題、格差や体制側の腐敗への不平不満などで、そうした組織に身を投じる若者。社会の不公正を憎み、イスラム的平等の実現に情熱を燃やして活動に参加するエリート。「人口増加・貧困・テロリズム」の連鎖が止まらなくなっている。

雇用を生み出さない脆弱な産業基盤

一方で「エジプト経済は停滞しているのか」と言えば、決してそんなことはない。

2019年の実質GDP成長率は5.56%であり、国際的に比較しても低くはない。とはいえ、実質GDPの総額は3637億ドル(38.7兆円)にすぎず、日本に比べて12分の1にも満たない。

そして何と言っても、経済全体をけん引する基幹産業がない。製造業では付加価値の高い製品が少なく、輸出産業の全般が脆弱。これらは、輸入依存が強いと言われる要因にもなっている。

そのため政府は、スエズ運河の通行料や、観光収入といったサービス収支、900万人とも言われる海外労働者の送金などの所得収支で、貿易赤字の一部を補っている。

慢性化する財政赤字と大きな政府の実態

財政赤字も慢性的で、対GDP比率8.8%は国際水準から見てもかなり高い。

その主な要因は、歳入面の税収率(税収の対GDP比率)が低く、歳出面では多額の補助金が存在することだ。

低い税収率解消のため、政府は課税強化に乗り出し、日本の消費税にあたる付加価値税(14%)などの新税を導入したが、増税による景気の悪化は否めない。

弱者救済という本来の目的に資さない補助金は順次削減しつつあるが、いまだに大きな財政負担となっている。

そして最も驚くべきは、公僕(国家公務員)の数だ。

国家公務員は、日本の10倍以上に上る650万人も存在しており、エジプトは「超大きな政府」となっている。さながら、現代の「巨大ファラオ国家」と言える。また、「公務員の1日の実働時間は7分しかない」というまことしやかな噂がささやかれるほど、生産性も低いとされる。

行政部門が、女性の雇用全体の3割以上を吸収している事実もある。ただでさえ失業率が高い女性の雇用を、行政が下支えする苦しい構図となっている。さらに、人口増に伴って、生存に最低限必要な水資源の不足も深刻化している。

増大の一途をたどる人口を大量に吸収できる雇用基盤の構築を、現実の経済に求めるのは相当酷な話かもしれない。しかし、ジョブ・クリエーション(雇用創出)は待ったなしだ。

自由で、公平な産業基盤を築き、多くの起業家輩出を促しつつ、限られた財源を必要不可欠な社会インフラの投資に投入し、エジプトの未来をけん引する基幹産業を創造することが一刻も早く求められる。(続く)

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