トランプ米大統領の共和党予備選から、アメリカ経済が復活するまでの秘話を描いた『トランポノミクス』(スティーブン・ムーア、アーサー・ラッファー 共著/藤井幹久 訳)が、このほど発刊された。中国情勢に精通する評論家の宮崎正弘氏が、同書について語った。

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評論家

宮崎 正弘

プロフィール

(みやざき・まさひろ)1946年、石川県生まれ。早稲田大学中退。中国ウォッチャーとして知られる評論家。「日本学生新聞」編集長、雑誌「浪曼」企画室長、貿易会社経営などを経て現職。著作に『チャイナチ(CHINAZI) 崩れゆく独裁国家 中国』(徳間書店)など多数。

4年前(2015年)の6月、不動産王のドナルド・トランプがニューヨークのトランプタワーに内外記者を集めて立候補宣言をしたとき、メディアのほとんどがピエロ、泡沫候補として扱った。ただし、当時、立候補を噂された共和党16人の候補者のなかで、トランプはTVでも顔を売っていたからダントツの有名人だった。

その記者会見でトランプは一冊の自著を配布した。『障害を背負ったアメリカ』という著作には、以後トランプが打ち上げる政策のすべてが網羅されていた。ところが真面目に通読したジャーナリストはいなかったらしく、内容は話題にもならなかった。日本でも当該書を取り上げたのは、実は評者(宮崎)だけだったような記憶がある。

2016年が明けて予備選の幕が切られようとしていたとき、本命視されていたのは保守本流のブッシュ(弟)とマルコ・ルビオ(フロリダ州の上院議員)、茶会系からはテッド・クルーズ(テキサス州の上院議員)、ウォール街が期待したのはケーシック知事だった。前回負けたミット・ロムニーの名前も欄外にあったが、誰一人トランプに目をやるジャーナリストはいなかった。

すなわち、アメリカの政治環境はエスタブリシュメントを基盤に、グローバリズムに酔っていた。アウトサイダーのトランプをまともな候補とは見ていなかったのだ。

『トランポノミクス』のラッファーらはこう振り返る。

「選挙運動のコンサルタント業者を通じて、政治評論家、選挙スタッフ、世論調査会社、広告会社などに大金を払うというやり方を、(トランプは)完全に覆してしまった」

だから「共和党の職業政治家たちは、トランプを嫌っていた。そして、現在でも嫌っているのだ」

共和党選挙関係者は、「自分たちの存在を脅かす危険な前例とならないように、徹底的にトランプを叩きつぶそうとして」(p.40)

トランプは選挙プロに頼らないで素朴な人々、底辺の人々に訴える。草深い牧場、農場、そして教会を重要視した。

奥深き雪国の奥地に、その村始まって以来の大集会が開催されていた。このアメリカの田舎の集会に注目したのは週刊誌『TIME』だった。

人口二万人足らずの村に、一万近い村人が雪を構わず集まりだした。雪と寒さに耐えながら、じっとトランプの到着を待っていたのだ。村、始まって以来の動員は自然発生だった。トランプ旋風のうねり、奇跡の驀進劇が始まろうとしていた。以後、中西部のエバンジュリカル(キリスト教の福音派)の集会は、二万、三万の人が集まり出した。トランプが来るというので、奥地の町や村が騒ぎ出した。

予備選がスタートするや、選挙プロ達の想定になかったことが起きた。意外にも、トランプが支持率トップに躍り出た。

「まさか、こんなバカなことが起こるなんて」

保守本流はブッシュ擁立をあきらめ、ルビオ議員に集中して支援した。ネオコンはクルーズだった。ウォール街はケーシック知事だった。

予備選で次々とトランプがリードしはじめると、初めて共和党が焦り、ネオコンや保守本流、ウォールストリートが、本命候補をそっちのけでトランプ批判を始めた。

共和党は党をあげて、トランプに冷淡だった。党は、とうとう最後までトランプに冷たく、予備選に勝利しても選挙に協力するどころか、トランプを落選させるよう、民主党のヒラリー・クリントンに投票しようという呼びかけが、それもブッシュ政権の幹部だった人々が50人の連名で声明として出された。

つまり共和党もいつしか、ディープステーツに乗っ取られていたのだ。民主党と通底しているからである。

共和党の分裂と大混乱の事態を喜んでいたのは、ヒラリー陣営だった。共和党が分裂し、悲惨な結末になるだろう。多くのジャーナリストらは、もちろん、ヒラリーが当確と予測していた。

評者は現地へ飛んで、選挙集会より街の表情と庶民レベルの反応を探った。例えば、ニューヨーク42丁目に有名なお土産屋がある。トランプ人形は飛ぶような売れ行きに対して、ヒラリーを土産にする人がいない。書店に入ると、トランプの著作はベストセラーだった。ヒラリー本は片隅にあるが、誰も買わないではないか。

さて本書である。

予備選直前からトランプ選対に集合し、経済政策のアドバイスをしていた三人の男たちがいた。自弁で飛行機代を支払い、ニューヨークのトランプタワーに集合し、予備選から本番にかけての経済政策の公約を煮詰めていた。トランプと何回も会合を重ね、大型減税や規制緩和、失業対策、オバマケアの廃止など、アメリカが復活に向かうシナリオが用意された。

それが本書の著者、スティーブン・ムーアとアーサー・B・ラッファー。もう一人がラリー・クドローだった。クドローは経済番組をもつ有名人で、トランプの指名により国家経済会議の委員長となったため、本書執筆の連名からは降りた。

ムーアはヘリテージ財団の特別客員フェローで、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの元編集委員。ラッファーはレーガン政権のブレーンとして活躍し、税率と歳入のグラフを描いた「ラッファーカーブ」で知られる経済学者である。

彼らがトランプとの懇談を重ねながらも、選対本部の実態をつぶさに見てきた。あまりに少ないスタッフ、素人の選挙軍団。ヒラリー陣営の二十分の一しか戦力がないのだ。テレビCMをうつ予算もなければ、大口の寄付は限られていた。目に見える劣勢にあった。

本書の魅力の一つは、このインサイドストーリーである。とくにカメレオンのように論調を変化させながらも、トランプに極度に冷たかったのが、投資家やエコノミストが愛読するウォール・ストリート・ジャーナルだったことに、私たちは印象深い感想を抱くだろう。著者らはそのことを指摘する。

選対では「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」などの力強くパンチの効いた標語などが決められていく。メディアは大統領選の本番が始まっても、ヒラリー優勢の報道に凝り固まっていて、例外はフォックスニュースだけだった。

ところが、この劣勢状況をトランプがSNSのツイッターを利用してメッセージを連続発信したため、トランプのメッセージがTVニュースや新聞の種になった。

トランプの集会は立錐(りっすい)の余地がない。一方で、ヒラリー集会は観客で会場が埋まらない。そのためテレビは小細工をして、全景を撮影せずにヒラリーだけをアップし、トランプ集会の熱気に満ちた会場風景は意図的に撮影せず、トランプの失言だけを報じる情報操作、印象操作に明け暮れた。

予備選たけなわのころ、評者もアメリカへ行って、日本の報道実態とリアルとの、あまりの違いにあ然となって、『トランプ熱狂、アメリカの反知性主義』(海竜社)を緊急で上梓した。当選後は、景気が回復するだろうと予想して、『トランプノミクス』(同)も書いた。

本書のタイトルは、拙著の「プ」と「ポ」の一字違いだ。トランプはゲームのカードだが、アメリカの語感には「切り札」という意味がある。当時のトランプ陣営のインサイドストーリーは、じつに面白い。

※メールマガジン「宮崎正弘の国際情勢解題」(2019年12月20日)より、著者了承のもと転載

【関連書籍】

『トランポノミクス』

『トランポノミクス』

スティーブン・ムーア、アーサー・B・ラッファー 共著
藤井幹久 訳 幸福の科学出版

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