全国公開中

《本記事のポイント》

  • 全体主義の特徴としての「強制収容所」
  • 「アッラーの名の下に全体主義をやっている」
  • 復讐を思い止まることの大切さ

イランの巨匠ジャファル・パナヒが手がけ、2025年・第78回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したサスペンス・スリラー。不当に刑務所に投獄された人々が復讐を試みる姿を悲哀を込めて描く。

かつて不当な理由で投獄されたワヒドは、自分を拷問した看守と思われる男と偶然出会う。咄嗟に強引な手段で男を拘束し、荒野に穴を掘って男を埋めようとするワヒドだったが、男のIDカードを見ると、復讐すべき相手と名前が違っていた。男も人違いだと言う。実は投獄中、目隠しをされていたワヒドは、男の顔を見たことがなかった。男は本当に復讐の相手なのか。確信が持てなくなったワヒドは、ひとまず復讐を中断し、同じ男に拷問された友人を訪ねることにするが……。

反体制的な活動を理由にイラン政府から映画制作を禁じられながらも活動を続けるパナヒ監督が、自身が二度にわたって投獄された経験と、同房で出会った人々のリアルな声から着想を得て手がけた。

フランスとの共同製作作品で、第98回アカデミー賞の国際長編映画賞にフランス代表作品としてエントリーし、ノミネートを果たした。

全体主義の特徴としての「強制収容所」

この映画の特徴は、本誌6月号でも特集された、イランの全体主義的支配体制を的確に描いていることだ。映画には、監獄も拷問も登場しないが、そこで心に深い傷を負った人々が、まっとうな人生を歩もうと思いつつ、つまずき、暴走していく姿を通じて、イランの現支配体制の罪深さが暴露されていく。

なかでも秀逸なのは、イランの刑務所が事実上の"強制収容所"であり、そこでは、人間の精神の強制的な改造が行われ、歪んだ人間をつくり出す工場になっていることを明らかにしている点だ。

釈放される見通しがないまま「壁が削れるぐらい大声で、私は罪を犯しましたと叫べ」と命じられたり、死刑執行が寸前で中止されることが繰り返されている。また、若い女性に性的暴行が加えられ、「確実に地獄に落ちるようにしてやったのだ」と、それが当然のことのように正当化されるなど、刑務所では精神的・肉体的迫害が、繰り返されているのだ。

政治哲学者ハンナ・アレントは全体主義社会の完成にとって、強制収容所が不可欠だとしてその機能を次のように指摘した。

「収容所は単に鏖殺と個人を辱しめることのためにあるのではなく、科学的に厳密な条件のもとで人間の行動方式としての自発性というものを除去し、人間を同じ条件のもとでは常に同じ行動をするもの、つまり動物ですらないものに変える恐るべき実験のためにもある」(『全体主義の起原』)

強制収容所での迫害は、迫害に伴う痛みや苦しみが目的なのではなく、その理不尽さを通じて、被収容者が考えることを放棄し、動物的な感情に駆り立てられるだけの、いわば"人間動物"へと本性をねじ曲ることを目的としているということだろう。

「(イラン政府は)アッラーの名の下に全体主義をやっている」(『イエス ヤイドロン トス神の霊言』より)という指摘もある。

この真実を、巧みなストーリーで描いた本作は、現在、緊迫度を増すイラン情勢も相まって、タイムリーな時期に公開されたと言える。

復讐を思い止まることの大切さ

もう一つ、この映画の特筆すべき点は、迫害された人々が復讐を企てながら、その復讐に駆り立てられる心そのものが、強制収容所で加えられた、精神への圧迫による"産物"だということを示唆している点である。

ワヒドは、偶然が重なって、復讐相手に出会うことになるのだが、そこで彼の感情は突如爆発し、制御できないまま、相手を拉致・拘束してしまう。ワヒドと同じように復讐を願う人々も、その感情を制御できず、暴走していく。

冷静さを欠いた感情の暴発は、まさに強制収容所で繰り返された理性的判断力の破壊の結果そのものである。そして、復讐のチャンスの到来は、同時に、それを思いとどまることによって、まっとうに考える人間へと立ち戻るための、神の恵みでもあることも示唆されている。

復讐できるような立場に立った時に、やはりその人を殺すのか、それとも、その憎しみの思いを踏みとどまって許すのか──こういう試験をされることがあります。

あえて、道徳的な心から、罪を犯すことを思いとどまった場合には、そこで魂のテストが一段上の点を取ったことになって、魂の悟りが一段上がることになるのです」(『宗教選択の時代』より)

イランの全体主義的支配体制の悪を巧みに描きつつ、復讐の虚しさを訴えた本作品は、これから始まるであろうイランの支配体制の変化と、健全な社会へ移行していく上での新たな精神的土台の必要性を予告しているとも言えるだろう。

 

『シンプル・アクシデント 偶然』

【公開日】
全国公開中
【スタッフ】
監督:ジャファル・パナヒ
【配給等】
配給:セテラ・インターナショナル
【その他】
2025年製作 | 103分 | フランス・イラン・ルクセンブルク合作

公式サイト https://simpleaccident.com/

【関連書籍】

イエス ヤイドロン トス神の霊言

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大川隆法著 幸福の科学出版

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宗教選択の時代

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