仕事の内容に責任を持つ以上、管理職が職場で「叱る」ことは避けて通れない。しかし、最近では「新人を叱ったら、突然、会社を辞めてしまった」ということも珍しくないのも事実。さらに、叱り方が不適切となれば、「ハラスメント」に発展する例もある。

単に怒りをぶつけるのではなく、部下の力を引き出すためにちゃんと「叱る」には──。

職場で非常に厳しかった一方、多くの部下に慕われたことでも知られるのが、伝説の経営者・松下幸之助だ。長年側近として仕え、その姿をよく知る江口克彦氏のインタビューを再掲する。

(※2018年3月号本誌記事を再掲。内容や肩書きなどは当時のもの)

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嫌われる叱り方 感謝される叱り方 - アンガーマネジメント入門

Interview

松下幸之助の叱り方の流儀

「経営の神様」に23年間仕えた当事者が知る、松下幸之助の叱り方。

江口オフィス代表取締役

江口克彦

(えぐち・かつひこ) 1940年、愛知県生まれ。慶應義塾大学卒。松下幸之助の側近を23年間務め、松下哲学を伝えるための講演や執筆活動を精力的に行う。前参議院議員、PHP総合研究所元社長、松下電器産業(現パナソニック)元理事。現在、江口オフィス代表取締役。著書に『松下幸之助に学ぶ 部下がついてくる叱り方』(方丈社)など多数。

松下さんは厳しい人でしたね。私は3時間にも及ぶような厳しいお叱りを7、8回受けました。 電話で「今から来い」と言われ、すぐに駆け付けると、松下さんはソファーに座り、自分は立たされたまま。「従業員と家族の命を預かっていることを君は分かっているのか!」という感じで、甘えを徹底的に取り除かれるのです。

始めの1時間は「そうは言っても……」と心の中で言い訳が浮び、2時間を超えると、「家の晩御飯は何かな? この時間だし、お茶漬けかな」と考えてしまいます。

それでも一生懸命に叱ってくる姿を見ていると、「なんでそんなに怒るのか……ひょっとすると、こういうことを言いたいのでは」と思い始めます。

すると、松下さんから優しく「分かったか」と言われ、そこでお叱りは終了。自分の考えが見透かされている気がしたんですが、恐らく、目で反省しているかを判断されていたのでしょう。「目は口ほどに物を言う」という言葉があるように、目に本心が表れます。

松下さんは、策を弄して人を動かすのではなく、誠心誠意の思いで叱ってくれる人でした。だから、松下のOBはみな、叱られたことを自慢するぐらいで、恨んでいる人はいませんね。

失敗したからこそ、チャンスを

松下氏は、宇宙の万物を祀った「根源の社」を京都に建立し、そこで礼拝・瞑想し、真理を探究していた。

当時86歳だった松下氏(左)と、41歳の江口氏の一枚。

松下さんの叱り方については、「お前はダメだ」と人格を否定したり、「なんでこんな売上げしかないんだ」とノルマで理詰めしたりしません。「君には能力があるんだ。だから、熱意を出せや。情熱出せや。この問題は君やったら解決できる!」という感じで、可能性を信じて叱ってくれるんです。

例えば、私が32歳の時、若輩ながらも、松下グループの経営幹部400人の前で、「松下の人間観」について講話をしました。1時間のスピーチを終え、緊張から解放された私に対し、松下さんは「君、説明のしすぎや。人間の偉大さとともに、その責任の大きさをなぜ、もっと強調せんのや」と叱られました。

自分はクビ、あるいは異動を覚悟するほど落ち込みました。すると後日、松下さんは新しい仕事を与えてくれたのです。「こんな自分にもチャンスを与えてくれた」とありがたく思いました。仕事を与えることは、その人に期待していることを意味します。それが松下流のフォローのやり方でした。

4つの指導パターン

何度かお叱りを受けると、「こう考えているのでは?」というふうに、松下さんの考え方が分かるようになります。松下さんは、経営方針をもとに「原理原則」を非常に重視されます。方針が明確だったので、仕えやすい上司でもありました。

方針を正しく守って成果を上げれば、非常に喜んでくれます。「君は、わしより経営がうまいな」と"感情的"に褒めてくれるのです。次に、方針を守って失敗した場合は、慰めてくれます。「失敗の責任はわしが取ったる。だから君、志は失うなよ」と言ってくれます。

逆に、方針に従わずに成功した場合、松下さんはどれだけ数字が良くても、無視します。最後に方針に従わずに失敗したら、怒髪天を衝きます。

私は36歳の若さで、30年間赤字だったPHP総合研究所の経営を任されました。当時は、周囲から「何をやっても無駄だ」「江口はヒトラーみたいだ」などと散々に言われましたが、松下さんが示す原理原則をもとに、徹底的な合理化と意識改革を行い、たった2カ月で悲願の黒字転換を果たしました。

お叱りを受け止める心構え

松下さんが立派だと思うのは、批判をしてくる人への対応の仕方です。

かつて京都の大徳寺に、立花大亀という有名な老師がいました。老師は、PHPの活動について「商売人のくせにそんなことはせんでもええ」と批判していました。そこで、松下さんはあえて老師をお招きし、「私に注意することはありまへんか?」と言ったのです。

ここぞとばかりに老師は叱りつけたのですが、松下さんは「なるほど、私も気ぃつけんといけませんな」と返答。ひと段落すると、「もっとありまへんか?」と聞いたのです。

そんな調子で叱責を受け続けること約2時間。さすがに老師は話すことがなくなり、帰り際にはついに、「松下君はやはり偉いな」とつぶやいていました。それ以降、批判しなくなりました。

恐らく松下さんは、「自分は凡人だ。特別な人物ではない」と平凡性を自覚していたのではないでしょうか。ですから、「他の人から批判されるのはやむを得ない」と思っていたのでしょう。

松下哲学の原点

こうした松下さんの哲学の根底には、「家族の死」が関係していると思います。

松下さんは、10人家族の末っ子に生まれましたが、兄姉と両親を相次いで亡くし、26歳の時には、一人だけが生き残ることに。人生の不運を呪ってもいいはずですが、この体験を通じ、「生とは何か、死とは何か」を考えたのでしょう。

だからこそ、「人間はダイヤモンドの原石である」というように、人間の無限の可能性を信じた経営を始めたのだと思います。

今では、そうした思想や哲学の価値よりも、目に見える価値にとらわれる人が増えました。私はそんな風潮に抵抗し、松下哲学を200年、300年後も残すために、執筆や講演活動などを続けています。(談)

【関連書籍】

『松下幸之助「事業成功の秘訣」を語る』

『松下幸之助「事業成功の秘訣」を語る』

大川隆法著

幸福の科学出版

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