《本記事のポイント》

  • 先の大戦時、日本が核兵器を保有していたら、アメリカは原爆を落とさなかった。
  • 日本の侵略戦争でなかったことは、マッカーサーも証言している。
  • アメリカが行った都市への大空襲や原爆投下は、ホロコースト(大量虐殺)だった。

広島への原爆投下から72年が経つ。広島市の平和記念公園では6日、「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」が行われた。

今回は、7月に国連で核兵器禁止条約が採択されてから、初の「原爆の日」であることが注目されている。松井一実・広島市長は平和宣言で、日本政府に対して「核保有国と非核保有国との橋渡しに本気で取り組んで頂きたい」と述べ、同条約に参加しなかった政府を暗に批判した。

しかし今回は、北朝鮮の核の危機が一線を越えようとしている中での「原爆の日」であることも、忘れてはならない。同国は今年に入って、17回も日本の方向にミサイルを発射している。そしてそのミサイルに核を積み、アメリカ本土に撃ち込むことも可能になりつつある。アメリカの「核の傘」が、退けられつつあるのだ。

もちろん、核を廃絶することは人類の理想であり、その道筋は探り続けるべきだ。しかし、今すでに日本に照準が向けられ、発射台に設置されているかもしれない核から、日本人を守る最善の手段が、「核禁止条約」なのだろうか。

日本に核があったら原爆投下はなかった

ここに一つ、「原爆投下」に関して日本人が知っておくべき事実がある。

トルーマン大統領が、1945年8月に広島と長崎に、原爆を投下することを決めた会議が、ホワイトハウスで開かれた。そこに出席していた、ジョン・マクロイ元陸軍長官は、後にこのような主旨のことを語っている。

「もし、日本があの時に原爆を一発でも持っていたとしたら、日本に対して(原爆を)使用することは、ありえなかった」

外交評論家の加瀬英明氏が、本人から直接聞いた話として書いている。

この話を素直に聞けば、「原爆の日」に日本が確認すべき教訓は、「十分な守りを固めていなかったこと」「核装備をしなければいけない」ということになる。

「原爆は侵略したから」も間違い

また「原爆の日」には、「そもそも日本が侵略戦争しなければ、原爆を落とされることもなかった」という"反省"も語られる。

しかし、GHQの最高司令官だったダグラス・マッカーサーは、1951年の米上院の軍事外交委員会で「日本が戦争に突入したのは、主に自衛の必要に駆られてのことだった」と証言したことは有名だ。

アメリカのフーバー大統領も著書の中で、「日本との戦争の全てが、戦争に入りたいという狂人(ルーズベルト)の欲望であった」と語っている。「太平洋戦争」はルーズベルトが望んだものであり、日本を追い込んだことで起こしたということだ。

原爆投下こそ「ホロコースト」

原爆投下に関して反省すべきは、日本ではなくアメリカだ。

現代日本の研究の第一人者である、カーディフ大学教授のデービッド・ウィリアムズ氏は、本誌の取材に対して、「アメリカの東京大空襲、2度にわたる原爆投下こそ『ホロコースト(大量虐殺)』です」と語っている。

アメリカ陸軍出身のジャーナリスト、ジョン・コスター氏も、本誌の取材に「(原爆投下は)日本を降伏させるとともに、ソ連のスターリンにその威力を見せつけて牽制したかったのです。ただ、その背後には、有色人種への強い差別意識があった」と語っている。

元ニューヨーク・タイムズ東京支局長のヘンリー・S・ストークス氏も、本誌の取材に「大空襲や原爆投下という破壊行為に比べたら、日本軍がなしたと言われる戦争犯罪は、大した問題ではないとさえ言えます」と語っている。

つまり、「日本が原爆を落とされたのは、侵略戦争を起こしたから」という考えも、「核をなくせば、核を防げる」という考えも、成り立たない。むしろ日本は、唯一の被爆国だからこそ、あの悲劇を二度と繰り返さないために、核装備をする権利があると言える。

広島の原爆死没者慰霊碑には「過ちは二度と繰返しませぬから」と刻まれている。これは、「過ちは二度と繰返"させ"ませぬから」に書き換える必要があるのではないか。

「原爆の日」こそ、国防を真剣に考える機会としたい。

(馬場光太郎)

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