《本記事のポイント》

  • 停戦を促す3つの要因
  • 中国の動き:反米勢力の形成を狙った独自全方位外交
  • 分水嶺となる米大統領選

河田 成治

河田 成治
プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。

前回は、ロシア―ウクライナ戦争が停戦に向かう大局的な流れは変わらない、ということをお話ししてきました。今回はその要因についてお話ししていきましょう。

停戦を促す3つの要因

(1)米大統領選のゆくえと共和党綱領

現在のところ、アメリカの世論調査会社およびメディアに支えられた民主党のカマラ・ハリス副大統領は、突如として支持率を上げており、マスコミはトランプ氏と接戦であることを盛んに報じていますが、9月10日に予定されているTV討論会などを受け、次第にハリス人気は下火になるのではないかと考えています。

そのため私は、トランプ氏が最終的には勝利すると考えています。その場合、ウクライナ支援が大幅に変更され、停戦への圧力も高まることが予想されます。そうなればウクライナ側としても、戦争継続は不可能になると考えるでしょう。

7月に、ミルウォーキーで開催された共和党全国大会で、トランプ氏が共和党大統領候補として承認された際に、共和党の綱領「MAKE AMERICA GREAT AGAIN!」(*1)が採択されました。その内容はトランプ色が色濃いものでした。例えば前文では、「アメリカ第一主義:常識への回帰」と題し、深刻な危機に瀕するアメリカを明るい未来へと導くために、アメリカン・スピリットを呼び起こすと宣言しています。

注目すべきは、共和党が大統領と上下両院で多数派を獲得した暁には、20の約束を速やかに達成すると約束したことで、第8項には、「第三次世界大戦を防ぎ、欧州と中東に平和を取り戻す」とあることです。共和党全体の総意としてウクライナ停戦が明確に謳われたことは特筆すべきことでしょう。

(*1)The American Presidency Project,"2024 GOP PLATFORM MAKE AMERICA GREAT AGAIN!,"

(2)ウクライナ側の変化:ゼレンスキー大統領の主張と国民世論の変化

ゼレンスキー大統領の主張にも変化が見られます。ゼレンスキー大統領はBBCのインタビューで「すべての領土が武力で奪還されるわけでは無い」「戦争を長引かせないためあらゆる手を尽くす」と述べ、BBCは「ウクライナ領全体の返還は戦争終結の前提条件ではないとゼレンスキー大統領が認めた」と報道しました(*2)。

さらにウクライナ国民の世論調査からも大きな変化が見られます。ウクライナの調査会社「キーウ国際社会学研究所」が発表した今年5月の世論調査によると、ロシアに占領された領土を和平達成のためには一部を放棄してもいいと考える人が3割になり、増加傾向にあることがわかりました(*3)。

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キーウ国際社会学研究所のデータを筆者が加工したもの。

世論調査から明らかなことは、昨年2023年の6月に始まったウクライナ軍の反攻作戦以前までは、ウクライナ国民はロシアに勝利することが可能だと考えており、そのため領土放棄に応じると考える人はわずか10%程度で一定していたと考えられることです。一方、反攻作戦の失敗が明らかになった2023年秋以降は勝利への期待がしぼみ、領土を手放してでも和平を望む人が着実に増えているということです。

8月6日にはじまったウクライナ軍によるロシア領(クルスク州)への奇襲侵攻は、初期こそ成功したものの、8月末の時点で侵攻スピードは低下しており、一部地域ではロシア軍が押し戻す動きも見られます。

一方、ウクライナ戦争の焦点であり、今後の帰趨を決定づける東部戦線(ドネツク州の要衝ポクロウシク)においては、ウクライナ軍は、本来この方面に増強すべきであった精鋭部隊をクルスク侵攻に使ってしまったため、かえってロシア軍の進撃速度を加速させる結果となっており、ウクライナ軍のクルスク侵攻は愚策だったとしか思えません。

クルスク侵攻当初に一時的にウクライナ国民の士気も高まりましたが、クルスクの停滞と東部での退却が明らかになるにつれ、国民の厭戦気分はさらに高まるだろうと見ています。そのためどこかのタイミングで勝利への希望を失い、領土放棄に応じる国民が多数派になることが予想できます。

(*2)BBC(2024.7.19)
(*3)Киiвський мiжнародний iнститут соцiологii

HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の世界情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。