《本記事のポイント》
- 台湾戦争勝利で必要な3つの要素
- アメリカはロシア-ウクライナ戦争で「長期消耗戦略」へ
- 一刻も早いウクライナ停戦しか未来への道はあり得ない
河田 成治
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
前編では、中国メディアには、台湾で戦争が起きれば「全面戦争」に発展し、中国に勝ち目はないという論調があることを紹介しました。
こういった論調の背景には、中国軍による米軍への挑発などの摩擦の激化や、中国軍の過信を戒めるものがあるのかもしれません。
米空軍の偵察機が2022年12月21日、南シナ海上空を飛行中に中国軍の戦闘機に6メートルの至近距離まで異常接近された事件がありました。
また今年5月26日にはさらにエスカレートし、米空軍の偵察機が南シナ海上空を飛行中に、中国軍の戦闘機が偵察機の前方のかなり近いところを横切りました。
中国戦闘機が前方を横切ったことで、米軍の偵察機は中国軍機の排気流(ジェット後流)をもろに受け、大きく揺れる様子が動画で確認されていますが、これは極めて危険な行為です。
通常、振動の発生やエンジントラブルを避けるため、航空機は前方を飛行するジェット機の後流に入らないように細心の注意を払います。
これらの中国軍による危険な威嚇行為は、何年にもわたって続いていますが、それは末端のパイロットの独断ではなく、軍を束ねる中国軍事委員会自体が、威嚇を指示しているとの観測もあります。
また長らく戦争をしていない中国軍内部では、軍人が英雄として認められたいために、危険な挑発行為に臨んでいるとも言われています。
少し昔ですが2001年に、南シナ海の海南島付近上空で、米軍偵察機と中国戦闘機が空中衝突した事件がありました。中国側のパイロットは行方不明となり、米軍の偵察機も損傷して海南島に不時着したのですが、中国軍戦闘機の異常接近が原因でした。しかし衝突して行方不明となったパイロットである王偉氏は中国で英雄となり、地元の小学校で顕彰されています。
このように中国共産党の中央から末端の兵士レベルにまで、米軍に対する威嚇・挑発行為を煽る要因が存在していることが考えられます。
中国中北大学のウォーゲーム
香港の『アジア・タイムズ』の報道によると、今年5月に発表された中国の研究者によるウォーゲーム(軍事シミュレーション)も、中国軍の積極論の背中を押すものだったのかもしれません(*)。
このウォーゲームは、中国中北大学の研究者が、中国の極超音速ミサイルによるアメリカの空母艦隊への攻撃をシミュレートしたものです。
シナリオは、空母艦隊が南シナ海の中国人工島に近づいたため、引き返すよう再三の警告をしたにもかかわらず、接近を続けたため地域紛争が発生したというものです。
このシミュレーションでは、中国は3波攻撃で合計24発の極超音速ミサイルを発射し、アメリカの空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦4隻が撃沈されました。
(*) ASIA TIMES(2023.7.5)
台湾戦争勝利で必要な3つの要素
これまで紹介してきたように、米中が全面的に衝突した場合、双方の軍艦などの兵力に大きな損害が出ることが予想されます。
米シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)が、今年の1月に公表した中国の台湾侵攻に日米が介入した場合のシミュレーションでも、最も楽観的なシナリオであっても、日米合わせて戦闘機449機、空母2隻を含む戦闘艦43隻を失い、米軍は3200人の戦死者を出していました。一方の中国軍は、戦闘機155機、戦闘艦138隻、52000人の地上部隊を失う結果になっています。
なおCSISによれば、シミュレーションから分かったこととして、アメリカが台湾で勝利するためには、以下の3つの重要な要素があると指摘しています。
1. 台湾自身が中国の攻撃に耐え続け、反撃するための戦闘力を維持し続けること。
2. 中国は数カ月間の海空封鎖で台湾への補給を妨げることができ、ウクライナ戦争のように日米は支援することができないため、事前に台湾に物資や兵器を集約しておかねばならないこと。
3. アメリカ軍は日本の基地を使用できなければならないこと。
アメリカはロシア―ウクライナ戦争で「長期消耗戦略」へ
上記のアメリカおよび中国双方のシミュレーションのように、アメリカとの全面戦争になれば、現状では中国側も勝利は難しく、かつ多大な被害を受けることから、習政権が持たなくなる可能性があるために、現時点では、アメリカとの総力戦になる可能性のある中国の台湾本土への本格侵攻はハードルが高いのではないかと考えています。ただし、今すぐにでも東沙諸島などの島嶼部への侵攻は、アメリカの本気度を試す試金石として十二分にあるでしょう。また中国はアメリカとの総力戦に打ち勝つことを想定した戦力の強化を進めるものと思われます。
一方で、アメリカが台湾有事に際して中国に勝利するにしても、同じく軍に多大な犠牲を強いることから、介入の敷居は低くないでしょう。今後、さらにウクライナ戦争が長期消耗戦として続いていくならば、アメリカはますます台湾を支援する余力がなくなっていくものと推測します。
むしろアメリカの対露戦略が、「長期消耗戦略」とも言うべきものになっているのではないかと考えています。つまり経済戦としては、ヨーロッパ等の同盟国と協力してロシアへの経済制裁を強化し、継戦能力を奪い、国内の不満を高めて国力の弱体化を狙う。
武力戦としては、ロシアの反応を見つつ、核戦争にエスカレートしない範囲で、アメリカ製の兵器を段階的に強化して、徐々に戦争の強度を引き上げ、少しずつ奪還地を拡大する。これらを組み合わせてロシアの士気を下げ、厭戦気分を拡大して、譲歩を引き出して敗北させる。こうした狙いがあるのではないかと考えます。
ただアメリカ側は、ウクライナの反攻作戦が予想以上に進んでいないことを危惧しているのではないかとも思える動きに出ました。
アメリカは7月7日、新たな軍事援助を発表しましたが、この中に「クラスター砲弾」がはじめて含まれました。供与は、PDA(大統領在庫引き出し権限)で行われたため、議会承認なしに提供できるのですが、ウクライナへのPDAは、今回で42回目になり、これまでのPDA総額は400億ドルを超えています。
クラスター砲弾の供与に踏み切った理由は、通常砲弾の在庫が厳しいためです。一方クラスター弾に関しては、米軍は300万発近い在庫があります。これまでもウクライナ軍は、通常砲弾の供給不足により月に約9万発程度しか155mm砲弾を発射できていないと訴えていましたが、(一方でロシア軍は45万発以上とみられます)、反攻作戦がなかなか進展しない中で、強力な砲弾としての効果を期待してのことだと思われます。
一方、ロシアの経済戦は、非西側のロシア友好国との連携を強化して制裁を回避するというものです。ロシアは資源などで有利な立場にあるので、持久力の点で西側に優ると考えているフシがあります。
武力戦においては、ロシアが構築した三重の防御ラインを使いながら、ウクライナ側の相対的に高い消耗率の中で持久戦をしていく。また事態がエスカレートするなら、西側の核戦争への恐怖を利用する。このように長期消耗戦の覚悟をしつつも、最後は勝つという戦略を考えているのではないかと思います。
アメリカによるクラスター弾は、ロシアの防御ラインを制圧することを目的の一つとしてウクライナに供与されました。この供与が反攻作戦にどのような影響を与えるのかは大いに注目されます。
またATACMS(エータクムス)という長距離弾の供与決定が非常に近いと言われています。このATACMSによってロシア軍の後方の補給施設や司令部などの要衝が攻撃可能となるため、ウクライナ軍にとっては大きな追い風になります。
このような供与により、この夏の反攻作戦が一定の成果として西側諸国に受けとめられれば、引き続きウクライナへの支援が継続していくでしょう。そしてロシア軍が描いている消耗戦に打ち勝つというシナリオも不透明になっていきます。つまり、よりいっそう双方が多大な消耗を受け入れながら国力をすり減らしていくという気の滅入る戦いが続くことになります。
今後もウクライナ戦争は1年から2年は続くと考えておくべきでしょう。そのしわ寄せの結果、台湾支援が縮小され、東アジア方面の危機を高めることになる可能性があります。
一刻も早いウクライナ停戦しか未来への道はあり得ない
以上から、中国としてもアメリカとの全面戦争は望まないと思われるものの、それ以上に米軍が台湾に介入する余力を失ってしまうことが危惧されます。
そうなれば中国は台湾方面の圧力や、場合によっては限定的な武力侵攻を積み重ね、アメリカとの全面戦争を避けながら、最終的に台湾を攻略するという可能性が出てきます。
ウクライナ戦争の長期化は、台湾を危機に陥れるものだと考えます。
日本政府はウクライナ支援に力を入れるより、一刻も早い停戦に向けて努力すべきだと思います。
HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の台湾情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。
【関連書籍】
いずれも大川隆法著、幸福の科学出版
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