《本記事のポイント》

  • 攻撃側は防御側の3~5倍の戦力が必要
  • 反攻作戦の先にある明るくない未来
  • いかにして和平への道を開くか─反攻作戦をよく監視すべき─

元航空自衛官

河田 成治

河田 成治
プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。

ウクライナ軍の活動が活発になっています。ルガンスク州内への攻撃やロシア西部でのロシア軍4機の撃墜、クリミアでの石油備蓄庫の爆発、バフムートでのウクライナ軍の攻勢によるロシア軍の貼り付け、などが起きていて、ついに「反攻作戦に向けて地ならしが始まった」と言えるでしょう。これから何が起きるのかについて、お話ししていきましょう。

米諜報機関などによると、ウクライナ軍はウクライナ南部のザポリージャ州をクリミア半島に向けて南下、メリトポリの奪還を目指すと見られています(下図)。

 

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ウクライナ軍は、ウクライナ南部ザポリージャ州をメリトポリに向けて進撃することで、ロシア領からマリウポリ経由でクリミアへ補給するルートを遮断。さらにケルチ海峡大橋(クリミア大橋)も破壊することで、クリミアへの補給を断って孤立させ、最終的にクリミアを奪還するシナリオを描くのではないか、というのが世に出回っている見立てです。

その証拠に、前編で述べたドローン攻撃は、クリミアの補給拠点への攻撃でした。

このようにウクライナ軍は南部で攻撃を始める可能性が高いと推定されるのですが、ロシア軍もこれを予期して、この半年近くをかけて同地域の防御を固めており、そこを突破するハードルは非常に高いものとなります。

英国防省は、ロシア軍がメリトポリを守るため、対戦車塹壕・地雷原・「竜の歯」(高さ約1.2mのコンクリート障害物を並べたもの)の3層構造からなる、約120kmの防衛線を構築していると述べています。衛星写真からは、ロシアはこのような防御陣地をウクライナ南部の各地に築いており、全部で数百kmにわたり存在しているようです。

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5月2日のCNNの記事より。ザポリージャ州の衛星写真。3列に並ぶ「竜の歯」や塹壕が見える。

攻撃側は防御側の3~5倍の戦力が必要

このような周到に準備された防衛線を突破するには、一般に攻撃側は防衛側の3~5倍の戦力が必要になるとされています。

最近流出したアメリカの機密文書では、ウクライナは12個旅団(おそらく6万人以上)を新規に編成中で、この内9個旅団は、NATO諸国内において戦車などの訓練を含めた支援と養成を行っていることが判明しています。

一方、4月26日のウクライナ国防省は、「最新のデータではロシア軍は最大48旅団(約36万9000人)と約5900門の重火器を使用している」と発表しています。この内どの程度の部隊が反攻作戦正面に投入されるかは不明ですが、それなりの規模になることは間違いありません。

ウクライナ軍の反攻作戦が成功するために、ロシア側の3~5倍が必要になるとすれば、現在分かっているウクライナ側の新編成12個旅団では、おそらくまったく足りていないと推測されます。

ただこの戦力の不足を補うために、ウクライナ側は多方面での陽動作戦でロシア軍を張り付けて、主力方面に集中できないように分散させたり、前述のように後方の補給拠点を攻撃してロシア軍の行動を制約したりと、さまざまな仕掛けをしてくる予兆がすでにありますから、実際の反攻作戦がどのように展開するかは楽観視できない状況です。

反攻作戦の先にある明るくない未来

反攻作戦の結果、予想されるシナリオはミリー参謀本部議長が言うように、次の3つです。(1)ウクライナ軍の進撃でクリミア方面のロシア軍が崩壊する、(2)ザポリージャ方面で一定の地域を奪還するも、ウクライナ軍も消耗してこれ以上の前進ができなくなる、(3)ほとんど反攻作戦が成功しない。

(1)のケースで、クリミアが危機に陥るとロシアが判断すれば、戦術核で反撃する可能性が出てくるでしょう。核戦争へのエスカレーションが危惧される最悪のケースです。

(2)の大消耗戦の結果、戦線が膠着すれば、ふたたび出口の見えない長期戦に陥る可能性があります。

(3)のウクライナの失敗は、特にヨーロッパにおいて「ウクライナ疲れ」を引き起こすのではないでしょうか。

現在ヨーロッパは、すでに支援できる砲弾などの在庫をすり減らしています。

フランスのマクロン大統領は、4月に中国を訪問して習近平氏と会談するなど、自律的な外交を志向していますが、同氏は、「ヨーロッパは米中の対立から一定の距離を保つべきだ」と主張し、第三極としての戦略的自律を訴えました。「台湾を見捨てるのか」と批判を浴びた後に火消し発言もありましたが、本音としてはアメリカの属国のように扱われていることへの不満も大きいようです。おそらくドイツも同じような思いをもっているでしょう。

ウクライナ軍の反攻作戦が期待外れに終われば、ヨーロッパの団結を乱し、アメリカとの温度差を広げることになるのではないかと推測します。なおヨーロッパとアメリカとの分断は中国の望む結果です。

ロシアも消耗戦が続き、経済的にも制裁を受ける中で疲弊していけば、中国との経済交流が命綱になりますから、ロシアは中国に頭が上がらなくなります。

さらに台湾も大きな影響を受けています。中国の脅威が高まる中、一刻も早く戦力を増強したいところですが、アメリカはウクライナ向けを優先しており、大幅に納期が延期となっている武器も出ているようで、結果的に中国を喜ばすことになっています。

したがって(2)や(3)のウクライナ戦争のさらなる長期化は、ヨーロッパを疲弊させて西側の結束を緩めます。結果、アメリカとヨーロッパの分断を促進させることになる。またロシアは中国とより接近せざるを得ず、台湾についてもアメリカの支援は後回しになるという最悪の状況が生まれていきます。つまり漁夫の利を得るのは中国になるのです。

このように核戦争へのリスクを高めるか、またはヨーロッパとロシアが弱体化し、中国が漁夫の利を得ることになるかという、どちらかの未来を選ぶような流れになることが考えられます。

いずれも好ましい未来ではありません。もとはといえば、ウクライナのNATO加盟を進めたアメリカの外交上の誤りであり、ウクライナ国内でのロシア系住民を弾圧したウクライナ政府にも大きな非があります。

いかにして和平への道を開くか-反攻作戦をよく監視すべき-

これまで度々指摘してきました通り、一刻も早く停戦への道を開くしか打開策はなく、その方法はブリンケン国務長官が望むような、ウクライナ軍の「戦闘での勝利」ではありません。

昨年の7月7日、プーチン大統領は下院で、「我々は平和交渉を拒否しない。ただ、事態が進むほどに交渉は難しくなる」と発言しています。併せてプーチン氏は、「聞くところによると西側は我々を戦場で敗北させようとしているようだ。やってもらおうではないか。西側はウクライナ人が『最後の一人まで』戦うと思っているらしい。これはウクライナ人にとって悲劇だが、どうやらそうなりつつある。しかし、我々はまだ何一つ本気を出していないと知るべきだ」と述べました。

この発言から10カ月が過ぎましたが、プーチン氏が述べた通り、ロシアは今でも平和交渉を拒否していないでしょうが、事態が進むほどに交渉が難しくなっているのはその通りだと思います。

したがって、今回のウクライナ軍の反攻作戦をよくウォッチし、核戦争へエスカレーションしそうになるなら、主要な大国は勇気を持って、リングにタオルを入れなければなりません。

また底なし沼の戦争が続くようなら、日本をはじめとしたG7主要国は、ゼレンスキー大統領の厚かましい支援要求を諫め、矛を収める道筋を示す勇気を持つべきです。

ウクライナには中立国になってもらい、NATO側も介入せず、またウクライナ側はロシア系住民を尊重することで、ロシアにも一定の譲歩を迫ること。これが、最低限、停戦と和平への道を開くことになると思います。


HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回のウクライナ情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。

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