《本記事のポイント》

  • デンマークでは、手厚い福祉でマンションを購入した者も
  • 毛沢東時代、飢えに苦しむ農民が交わした密約とは?
  • ケインジアンは、人間の本質を理解できない!?

アメリカ・ニューヨーク州から他州への人の転出が止まらない。新型コロナウィルスの影響により在宅勤務が長期化しているためで、飛行機に乗れば2時間半の距離で時差のないフロリダ州を目指す人が多い。

もともとフロリダ州には所得税や相続税がないため、富裕層から人気であったが、ニューヨーク州のコロナ関連の規制を受け、フロリダ移住に拍車がかかっている様子だ。

こうした"トレンド"を見ると、ある疑問が頭をもたげてくる。

所得再分配主義のケインズ経済学では、「人はインセンティブには左右されない」という前提に立つが、そもそもその前提は正しいのか、という疑問だ。

デンマークでは、手厚い福祉でマンションを購入した者も

ポール・クルーグマン氏のようなケインズ経済学者は、「いずれにしても人は勤勉に働く」のだから、インセンティブはさほど重要ではなく、税金の影響を加味する必要はないという立場をとる。

だが、本当にそうだと言えるのか。ここで二つの事例を紹介してみたい。一つは、日本やアメリカの左派やケインジアンが理想と仰ぐ北欧デンマークのケースである。

デンマークでは、医療や教育にかかる費用を全額政府が負担する。大学生は授業に出席すると手当をもらえ、病院の診療代は無料であるほか、失業手当、疾病手当、子育て手当なども支給される。

これらの給付金を負担しているのは納税者。1995年から2017年までのデンマークの平均的な個人所得税は60%とかなり高め。しかも5万5千ドル(約583万円)の所得層から最高税率が適用されてしまう。

また日本の消費税にあたる付加価値税は25%もある。その他にも、8%の社会保険料、固定資産税、相続税、贈与税等がある上、生活費は世界標準よりもかなり高いことで知られている。

では手厚い国による支援は、国民にどのような影響を与えたのだろうか。

デンマークの新聞が2013年に報じたところによると、2人の子供がいるシングルマザーのカリーナ氏は、16歳から福祉に頼り、仕事に就いていないという。フルタイムの仕事に就くよりも、福祉に依存する方が、可処分所得が多くなることが分かったからだという。

また同じころ、ニールセン氏という男性は、2001年から支給された福祉手当によってマンションを購入できたと、テレビで語っている。

この二人は決して例外ではない。米ニューヨーク・タイムズ紙によると、2013年の時点でデンマークの98の市町村のうち、就業者が住民の過半数を超えていたのは、たった3市町村しかなかった。国全体で就労人口が激減したのだ。

生産に従事する人が減り、低成長に陥った結果、税収は減少。手厚い社会福祉を財政的に維持できなくなったデンマークは、路線を変更せざるを得なくなった。働くことが魅力的になるように、すべての所得階層に対して減税を実施したのである。

デンマークの事例を一つとってみても、クルーグマン氏の「人はいずれにしても働く」という前提は間違いで、福祉が手厚くなるほど、働くインセンティブが減じることが分かるのではないだろうか。

毛沢東時代、飢えに苦しむ農民が交わした密約とは?

別の角度から、このインセンティブの大切さを物語るのが、毛沢東時代を生きた農村の中国人の逸話である。

毛沢東時代、私有財産を否定された農村では、一本の藁(わら)も、自分の「歯」であっても、「自分のもの」にすることが許されない苛酷な状況にあった。

「私有がない」状態となってから約30年──。誰もが政府から同じ量の食糧を支給される状態では、朝早くから農地に出て耕作するインセンティブなどなかった。のらりくらりと仕事をしないようにするので、十分な量の穀物が生産されず、絶えず飢えに苦しんだ。

そんな中、安徽(あんき)省の小崗(しゃおがん)村の農民たちは密約を交わした。危険を承知の上で、土地の私有化を取り決めたのである。家族ごとに土地を割り当て、そこで育った農作物は、その家族のものとする。農作物を育てれば育てるほど、その家族の利益となるという、資本主義下では当たり前の仕組みをつくった。

だがそんな取り決めは、共産主義下では御法度。万一処刑された場合には、その家族の子供を他の家族が引き取る文言まで密約に盛り込んだ。密約は竹筒に入れられ、ある家族の屋根裏に隠された。

官吏の「働け」という号令の笛が吹かれるまで、農地に出なかった村人が、夜明けから農地に赴いた。最終的に、それまでの5年間を合わせた以上の農作物が収穫できた。

農民たちが農地を家族ごとに分割所有したので穀物の生産が増えた──。この話は、共産党のトップまで伝わった。だが幸いにも、時が彼らを味方した。権力は毛沢東からトウ小平に移行中で、お咎めなしで終わったのである。

農民が入れ替わったわけでも、新しい技術を導入したわけでもない。同じ耕作地にもかかわらず、奇跡的な収穫量を達成できたのはなぜか。それはひとえに「私有できる」というインセンティブが働いた結果であったと言えるだろう。

ケインジアンは、人間の本質を理解できない!?

ジョージア(旧グルジア)で元財務省の局長を務めたギア・ジャンディーリ氏は、弊誌の取材に応え、同趣旨のことを語っている。旧ソ連の支配下にあったグルジア時代の共産主義の問題は何かと尋ねると、こう答えてくれた。

「一言でいうと、人々の『やる気』を失わせたということです。私有財産を否定する共産主義体制では、何かを生み出しても『自分のもの』にはならないので、努力が報われません」

「やる気を失わせる」という、マイナスのインセンティブが働いたのだ。

「経済とはとどのつまり、インセンティブ(誘因)の問題です」「政府の介入が自然状態を歪めます」

このように語るのはサプライサイド経済学の父であるアーサー・ラッファー博士。自らの経済学と、その背景にある世界観についてこう続ける。

「人間の身体には免疫機能があります。手術の時はそれを最大限に生かそうとするのと同様に、経済でも『Do no harm(害するなかれ)』が大事です」

「レーガン政権で行ったこともそれと同じです。人間がつくった税や規制を自然の宇宙から取り除きました。そうしたら、繁栄を見ることができたのです」

就業人口が減ったデンマークのケースも、奇跡的に生産が増えた小崗村のケースも、ラッファー博士の「経済はとどのつまり、インセンティブの問題」という考えを証明した具体例だと言える。

政府の余計な介入を取り除き、額に汗して努力した者に、それに見合った報酬が得られる体制にする。すると繁栄がやってくる──。

アダム・スミスやラッファー博士の経済学は、古代から人類が尊重してきた、個々人の私有財産権を尊重する考えの上に成り立っている。

そうした人間本来の在り方から導き出された経済学は、繁栄の法則を内に含んでいる。この観点を軽んじ、置き去りにした理論は、どんなに立派に見えても、人間のやる気を引き出し、生産性を高めることはできない。

コロナ禍では、ケインズ経済学が世界で流行中だ。しかし、人間の本来のあるべき姿を示す自然状態さえ正しく捉えていない考えに、安易に飛びつかない方がよさそうだ。

(長華子)

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