《本記事のポイント》

  • 「月収1.5万円の6億人」は「字の読めない農民たち」!?
  • 李首相「平均年収3万元」発言が示唆する"本当のGDP"
  • 国の公式GDPは党の"PR戦略"の一環

前回の連載記事「 中国の李克強首相、全人代で習近平氏への"抵抗"見せる!? 」で、李首相の「中国には月収1000元(約1万5000円)の人が6億人いる」という爆弾発言を紹介した。中国の貧困状態を暴露するかのようなこの数字は、国内ばかりでなく、世界にも衝撃を与えた。

「月収1.5万円の6億人」は「字の読めない農民たち」!?

いったいどこから出てきた数字なのか。

香港紙『苹果日報』(2020年6月5日付)によると、北京師範大学中国所得分配研究院の萬海遠、孟凡強両氏が共同執筆した「月収1000元未満6億人はどこにいるのか」(『財新網』20年6月3日付)という記事が元ネタらしい。これは、7万件のサンプル調査によるもの。李首相はその内容を事前に知っており、公表したに違いない。

この6億人の大部分が農村にあり、主に中西部地区に住んでいるという。老人を養い、子供を育てる大家族で、経済的負担が大きい。また、非識字率の割合が高く、大半が自営業か家庭内就業、または失業中である。

李首相「平均年収3万元」発言が示唆する"本当のGDP"

「1000元」発言を行った場で李首相は、「2019年、中国人の平均年収は3万元(約45万円)」だとも指摘している。これもまたインパクトのある発言だった。なぜなら、中国の人口が14億人だとすれば、国内総生産(GDP)は、たったの約630兆円になるからである。日本のGDPは約554兆円であり、その約1.1倍にすぎない。

一方で、中国国家統計局の寧吉喆局長は今年1月17日、2019年の中国のGDPが年間平均為替レート換算で14兆4000億ドル(約1584兆円)に達したと発表している。1人当たりのGDPは1万276ドル(約110万円)だという。

平均年収とGDPでは、統計のとり方が異なる。だがそれにしても、李首相の発言から推計されるGDP約630兆円は、国家統計局が公表したGDP約1584兆円の半分以下。さすがに異様である。

中国の公式GDPは党の"PR戦略"の一環

周知の如く、かねてより中国当局の公表する経済指標の信ぴょう性は、国内外から疑念を持たれてきた。

実態を推計するものとして有名なのが、「李克強指標」。李首相が経済の実態を知るために用いていたとされる、「電力消費量」や「鉄道貨物輸送量」などの数値だ。近頃は"古い"とも揶揄されるが、ある程度の有効性は今も認められるので、その数字を見てみたい。

例えば2015年のGDPについて、北京政府は前年比6.9%増と発表している。

しかし「電力消費量」(ここでは発電量を見る)は前年比マイナス3.0%である。中国でいくら"ニューエコノミー"が成長していると言っても、そう簡単に"省エネ社会"は実現できないだろう。

「鉄道貨物輸送量」に至っては、前年比マイナス5.0%だった。確かに、自動車での貨物輸送量が急増しているという事実はある。しかし、突然、鉄道貨物輸送量がマイナスに転じることは常識的にあり得ない。

これらは、中国経済の実態が「マイナス成長」であった可能性を匂わせるものだ。

やはり、中国が公式発表する経済指標は、"世界を惑わす共産党のPR戦略の一環"と見るべきではないか。2019年のGDPも、李首相のリークから推計される約630兆円に、むしろ近かった可能性が高い。

この発表と実態との乖離は、中国の未来に大きな影を落とすことになるだろう。

アジア太平洋交流学会会長

澁谷 司

(しぶや・つかさ)1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学などで非常勤講師を歴任。2004年夏~05年夏にかけて台湾の明道管理学院(現・明道大学)で教鞭をとる。11年4月~14年3月まで拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。20年3月まで、拓殖大学海外事情研究所教授。著書に『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる! 「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)など。

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