《本記事のポイント》

  • 年内に平和条約をプーチン大統領が提案
  • 中露関係の蜜月はどの程度まで深化しているのか
  • 地政学的判断で平和条約の締結を

ロシアのプーチン大統領がこのほど、ウラジオストクで開かれた「東方経済フォーラム」の全体会議で、安倍晋三首相に対し、年内に無条件で平和条約を締結することを提案した。

これに対して、日本側は明確な反論や抗議をしなかった。そのため翌日の各紙は社説で、「領土棚上げ断固拒否せよ」(産経新聞)、「プーチン提案に惑わされるな」(日経新聞)、「前のめり外交の危うさ」(朝日新聞)との見出しで、プーチン発言を否定的に報じた。

主な理由は、「北方四島の返還なしに、日本が平和条約を結ぶことがあってはならない」ということだ。

しかしこの提案は、"魔の中露同盟"止める貴重なチャンスかもしれない。

蜜月が深化する中露関係

注目すべきは、昨今の中露の蜜月関係だ。

この東方経済フォーラムの開催に合わせて、ロシアは大規模軍事演習「ボストーク(東方)」を実施。30万人の兵力、1000機の航空機、複数の艦隊を動員した。

警戒すべきは、これに中国人民解放軍も参加し、戦車や航空機を含む陸空軍の3200人の合同部隊を派遣していること。そのため今回の演習は、冷戦期の1981年以来最大規模となった。

軍事筋によると、ロシア軍は今回の演習で、1979年以来戦闘経験のない人民解放軍に、シリアなどでの実戦経験にもとづく情報やノウハウの一部を中国に提供するという。

ロシアのペスコフ大統領報道官も8月、中国を「同盟国」という言葉で呼び、蜜月関係を強調している。

今回、「東方経済フォーラム」に出席したプーチン大統領は、同時に軍が極東やシベリア地域で行っている軍事演習を視察。露インタファクス通信は、今後両国が定期的に、共同軍事演習を行っていくことで合意したと伝えている。

またロシアは長らく中国への武器輸出を停止してきたが、昨年から再開している。世界最高クラスとされる地対空ミサイルシステム「S400」や第4世代戦闘機「スホイ35」などだ。米議会は「ロシア製兵器の対中供与は脅威となる」との報告書をまとめている。

軍事的連携のみならず、経済関係も深化している。

今回の「東方経済フォーラム」で中露は、中国が主導する経済構想「一帯一路」とロシアが旧ソ連諸国とつくる構想「ユーラシア経済連合」を結びつける方針を改めて確認した。

アメリカのトランプ大統領はロシアとの関係回復を目指しているが、「ロシア疑惑」が続いているため、中露を結びつける要素は多い。

そもそも中露は、アメリカの一極支配を嫌い、多極支配を目指すという意味で利害を共有し、関係を深化させてきた。習近平氏が国家主席になってからのプーチン氏との会談の回数も、26回を超える。

もしこのまま中露が同盟国のようになってしまえば、それこそ大戦中の「枢軸」のようになり、日米の脅威となる。最悪のシナリオの一つだ。

中露蜜月関係は完成しつつあるが……

とはいえロシア側は、まだ中国に気を許しているわけではない。

まず、ロシアが中国との関係に「旨味」を感じられるかどうかは、まだ不透明なところがある。

例えば、北京・モスクワ間の高速鉄道の建設プロジェクトが、一帯一路とユーラシア経済連合の連携を象徴するものとして発足した。だが、覚書ではシベリアを通るものとされていたにもかかわらず変更された。これはロシア側を相当がっかりさせたようだ。

「一帯一路」についてもロシア国内では、「中国の政治的・軍事的な影響力の拡大を目指したものであり、ロシアは一帯一路から恩恵を受けていない」という主張が優勢であるという。さらに中国経済が失速する中、中国と組むメリットはますます減じている。

そんな中でロシアは、むしろ日本との経済協力の方に可能性を見出し始めているわけだ。

また地政学的な問題もある。旧ソ連、東欧、北極圏など、中露がリーダーシップをとりたい地域は重なっている。

象徴的なのは、中国が1月に、オホーツク海から北極海を抜け、欧州に延びる「氷上のシルクロード」構想を決めたこと。これは中国の一帯一路の北の一極である。

しかしロシアは、大陸棚の領有権をめぐる争いで、自国の大陸棚であるとする旨を主張する申請書を国連に提出している。

北極圏には、未発見の原油の10%、天然ガスの30%、ニッケル、コバルト、金、ダイヤモンドなどの天然資源や鉱物が豊富に眠っている。

中国は北極圏の軍拡にも乗り出しており、ロシアは聖域を脅かされるかもしれない。

以上のことからも、中露の間に楔を打ち込む余地はまだ残されていると言える。

日本はロシアと平和条約の締結を

そんな中で浮上したプーチンの日露平和条約の意志を、我が国は軽視してもいいのだろうか。

中国の国内総生産(GDP)は、すでにロシアの約8倍である。このGDPを見る限り、日本にとって、ロシアよりも中国が脅威であるのは明らかだ。日本は、中国包囲網を強化するために、中露間の急所をつき、両国の枢軸機能を弱めるべきだ。

日本の大手紙社説の中には、今進めている北方領土での共同経済活動をストップすべきであるとの意見も見られる。しかし一度取られた領土は、戦争をしないと取り返すことは基本できないと思っておいたほうがいい。返還される可能性があるとしたら、それはロシアとの関係が良好になってからであろう。

このためにも、昨年9月にロシアが提案してきた「北海道とサハリンを結ぶ回廊のような巨大事業」をむしろ早く実現してしまったほうがいい。日本や世界の安全につながり、北方領土問題の解決にも近道となるはずだ。

感情論ではなく、地政学的に冷静な判断を

中国を味方につけるために、米中国交正常化を企図したキッシンジャー氏その人が、トランプ氏に対して、ニクソンの戦略と逆の戦略を取るべきだとトランプ大統領に薦めている。

フランスの歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏も「ドイツがソ連を攻撃した時、チャーチルは、ソ連の味方をしようと主張したわけです。脅威に対して真剣に取り組むのであれば、ロシアに対する嫌悪感が残っていたとしても、それを抑制しなければなりません」と述べている(『正論』7月号)。

日本は過去、ロシアと敵同士であったのは間違いないが、感情論に惑わされてはならない。

ロシア国民の対日感情はそれほど悪くない。中露の同盟関係が完成する前に、日本は、平和条約を締結し、G8への復活に協力するなどして、両者間に楔を打ち込み、日露は未来志向の関係を目指すべきであろう。平和条約を結ぶとしたら、プーチン氏が提案をしてくれている今がチャンスである。

(長華子)

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