《本記事のポイント》

  • ドラッカーも訴えた定年の廃止
  • 「養老律令」では定年70歳!?
  • 病気、認知症、うつ、景気後退……「定年」の負の側面

「定年65歳」時代への取り組みが、官民で進んでいる。

政府は、2019年の通常国会に、官僚の定年を65歳に引き上げるための、国家公務員法改正案を提出する。霞ヶ関が「率先垂範」することで、全国的に「定年引上げ」への気運を盛り上げようとしているのだ。

民間企業としても、2017年度からホンダと日本ガイシが、定年65歳制を始めた。また2019年度からは、明治安田生命保険も、定年を65歳に引き上げる。

後に続く企業は増えるはず。その度に、賛否両論が巻き起こるだろう。

ドラッカーも訴えた定年の廃止

世界や長い歴史に目を向けると、「定年60歳」はおろか、「65歳」でさえ、決して当たり前のものではない。

実はアメリカにおいて現在、「定年制」は違法となっている。

同国では1967年に、「年齢差別禁止法 (ADEA)」という法律が成立した。そこでは、「企業規模20人以上の使用者は、40歳~65歳の個人に対して、年齢を理由に採用、賃金、解雇、労働条件に関する差別をしてはいけない」ことを定めていた。つまり、日本で東京オリンピックが開催されていた時代にもう、アメリカは「65歳定年制」になっていたのだ。

しかしそれでも、「65歳定年もまだ早い」という意見が出てくる。

経営学者ピーター・ドラッカーは1977年に、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙に「定年制の延長・廃止は不可避」と題し、以下のように寄稿した。

「実は、65歳定年制は、はるか前から、時代錯誤になっていたのである。定年年齢として65歳が定められたのは、1世紀も前のビスマルク時代のドイツにおいてであり、これがアメリカに導入されたのが第一次世界大戦時である。今日の平均寿命と高年齢者の健康状態から計算すれば、当時の65歳は74歳から75歳に相当する。65歳定年制は、全く健康で元気な人たちをごみ箱へ捨てているようなものである」

こうした声に押される形で翌1978年、「年齢差別禁止法」は改正され、「70歳定年制」となる。さらに1986年の改正では、適応年齢の上限がなくなり、定年制は廃止された。

こうした段階的な定年の引上げ・廃止が社会的に許容されたのは、企業にとっても、働く側にとっても、「デメリットよりメリットの方が大きかった」ことを意味している。アメリカの場合、年齢を理由に解雇できなくても、能力低下を理由に解雇をすることは可能なため、企業への負担は限定的だったのだ。

この定年撤廃の流れは、アメリカにとどまらず、欧州連合(EU)でも2006年までに、年齢による雇用差別を禁止する法律が各国に整備された。

「養老律令」では定年70歳!?

日本において定年に近い考え方があったのは、古代に遡る。8世紀の奈良時代に編纂された法令「養老律令」には「凡そ官人年七十以上にして、致仕聴す(官人は年齢70歳以上になれば、定年を許可する)」(選叙令)と記されている。

当時の平均寿命の倍はあるような年齢までの「お勤め」は、さすがに酷だが、「定年は60歳」という常識が崩れる話ではある。

日本の近代組織における退職制度は、明治時代、海軍火薬製造所の職工規定に「年齢満五十五年ヲ定年」と書かれたことが始まりだと言われている。その後、民間企業にも一部導入されはじめ、大戦後、本格的に普及した。

しかし、この70年間で、日本の平均寿命は男女ともに30歳近く伸びている。その間、定年は5~10年しか延びていない。財政問題など、社会にひずみが出るのも当たり前だ。

定年が生む不幸の数々……

今の日本を見ていると、「定年退職は、社会の諸問題の根源ではないか」とさえ思いたくなる局面があまりにも多い。

まず、社会で活躍していた人も、定年退職をきっかけに運動不足になり、身体をこわす例が後を絶たない。また、人とのコミュニケーションなどによる脳の刺激が減ることで、"定年認知症"というものも増える。自尊心が失われ、うつ病に苦しむ人も多い。

夫はそうした状況になると、「濡れ落ち葉」などと形容され、妻に愛想をつかされる。そして「熟年離婚」が起き、孤独死などにもつながっていく。

個人の不幸は、年金・医療費・介護費の増大など、全体の負担にもつながる。国の財政は圧迫され、若年層の手取りも減る。生産人口の減少は、経済全体を萎縮させていくのだ。

2015年10月公開の映画「マイ・インターン」では、シニアの"インターン生"が、その豊かな人生経験で、気鋭の女性企業家を温かくサポートする姿が描かれていた。

アメリカのように一律の規制をする手法が適切かどうかは分からないが、人生経験豊富なシニア層を戦力化するような、経営モデル・慣習が求められている。これが、人手不足などの解消にもつながるだろう。

(馬場光太郎)

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