北朝鮮への食糧支援に日本はなぜ怒らない! - 伊藤寛のワールド・ウォッチ

北朝鮮への食糧支援に日本はなぜ怒らない! - 伊藤寛のワールド・ウォッチ

 

2012年5月号記事

 

新連載

ワシントン発
バランス・オブ・パワーで読み解く
伊藤寛のワールド・ウォッチ

 

(いとう・かん)

国際政治アナリスト。1953年生まれ。東京大学経済学部卒。米コーネル大学でアメリカ政治史・国際関係論を学び、ビジネス・コンサルティング会社で国際政治・金融アナリストとして勤務。著書は『中国の核戦力に日本は屈服する』(小学館)、『自滅するアメリカ帝国』(文春新書)など。

国際政治はバランス・オブ・パワー(勢力均衡)から逃れることはできない。アメリカの退潮、中国の台頭、北朝鮮の核武装──。日本の置かれた立場は確実に不利に傾いている。日本が主体的にパワー・バランスをつくり出すために、国際情勢をどう読み解けばいいのか。

 

 

第1回

北朝鮮への食糧支援に日本はなぜ怒らない!

 

──アメリカが北朝鮮に、ウラン濃縮施設の一時停止などを条件に食糧援助を決定しました。

 この米朝合意は、アメリカ政府による北朝鮮の核兵器増産問題の誤魔化しです。北朝鮮には、地下に隠してあるウラン濃縮施設が何カ所もあります。アメリカは、これら施設の正確な数と所在地を把握していません。プルトニウム製造施設と違ってウラン濃縮施設は小規模であり、地下や山中に隠すのが容易なのです。

 

ホルムズ海峡近辺に展開する米空母エイブラハム・リンカーン。イスラエルは米軍を動かそうとしているという。

 

米朝合意では北朝鮮の核開発を止められない

 今回、一時停止を決めた寧辺のウラン濃縮施設は、そもそも北朝鮮が「我々は、プルトニウム型だけでなくウラン型の核弾頭を製造する能力もあるのだ!」とアメリカに見せつけるために作った施設です。それを停止しても、北朝鮮は他の数カ所のウラン濃縮施設で核弾頭材料の製造を続けられます。ですからこんな取引をしても、北朝鮮の核兵器増産を止めることには何の役にも立たない。

──なぜそんな奇妙な取引を?

 オバマの選挙のためです。オバマはすでに軍事・外交政策で、イラン、イラク、シリア、イエメン、エジプト、パレスチナ、パキスタン、アフガニスタンの問題を抱えています。これらは危険で複雑な問題で、下手をすると内戦や動乱、もしくはアメリカやイスラエルとの戦争になりかねない難問です。オバマは自分の選挙の年に、これ以上、イスラム教諸国との軍事紛争に巻き込まれたくない。

 

 

オバマは北朝鮮に「賄賂」を渡した

 そんなときに、北朝鮮が3回目の核弾頭実験をやったり、ハワイやアラスカまで届く能力を持つ長距離弾道ミサイルの実験に成功したりしたら、オバマの立場はぐっと悪くなります(注)。共和党の政治家たちは、「オバマはイスラム教諸国との外交に失敗してきただけでなく、北朝鮮の核ミサイル増産も放置してきた! 過去3年半のオバマ外交は失敗だった!」と叫ぶでしょう。オバマはそれを避けたい。自分の大統領選が終わる11月まで、北朝鮮に静かにしていてほしいのです。

 だから、今回の取引は、「アメリカが北朝鮮に賄賂を渡した」というのが本質です。

 アメリカは明らかに、イスラム教諸国との紛争処理を優先して、北朝鮮の核兵器増産問題と中国の軍拡問題を後回しにしています。このようなアジア政策は、日本の安全保障に大きなダメージを与えています。

 おかしいのは、日本政府がこれに怒らないことです。外務省が「今回の合意についてコメントを差し控える」と言うだけで、アメリカ政府は嫌がります。

 

 

オバマのアジア・シフトは実体がない

──しかしオバマは昨年11月、「アメリカ軍事力のアジア・シフト」を宣言しました。

 オバマ大統領はオーストラリアで格好よく、「中国の拡張主義を許さない!」と宣言し、「オバマ政権のタフな外交」をPRしました。でも、どこまで実体があるのでしょうか。

 今年1月、オバマ政権は次の10年間で国防予算を4800億ドルも減らすと決定しました。加えて米連邦議会は、10年間で国防予算をさらに5千億~6千億ドル減らす、と決定している。合計すると、1兆ドル以上です。日本の軍事予算の約20年分を、10年間でバッサリ切るわけです。中国が大軍拡している真っ最中に、アメリカは大軍縮をやろうとしている。頼もしい同盟国じゃないですか(笑)。

 最近私が、国防総省のアジア政策担当官とおしゃべりしていたら、彼は「米軍事力のアジア・シフト? ハハハ、アジアにシフトできる軍事力が、どこに残っているんだ?  『核兵器廃絶の理想』を宣言したあのオバマが、またできもしないことを格好よく宣言しているだけだ」と笑っていました。アメリカの軍人たちも、オバマのやり方に愛想を尽かしているのです。

 

 

日本の安全保障はますます弱くなる

──日本の立場は、次の10年間でますます危険になる?

 日本は敗戦後、「自分の国は自分で守る」という当たり前の義務から逃げ続けてきました。「吉田ドクトリン」と呼ばれてきた無責任な依存主義の国策です。自民党、外務省、防衛省の外交・軍事政策は、非常に無責任なものでした。(1)中国の大軍拡、(2)北朝鮮の核兵器増産、(3)アメリカとイスラム教諸国との泥沼化した戦争、(4)米財政構造の悪化──という4つの悪条件は今後も続きますから、日本の安全保障はますます脆弱化していくでしょう。2020年代の中頃になると、日本は中国の勢力圏に吸収されることになるかもしれません。

 

注)北朝鮮は4月12日から16日の間にロケットを打ち上げると発表。実質的には長距離弾道ミサイルの発射であり、今回の米朝合意に違反するとされる。

 

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タグ: 2012年5月号記事  伊藤貫  北朝鮮  オバマ  安全保障    ウラン濃縮  アジア・シフト  

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