大化の改新は「後退」だった

2026.07.29

蘇我氏が襲撃されたクーデター「乙巳の変」。

2026年9月号記事

大化の改新は「後退」だった

「大化の改新」の舞台である奈良県・飛鳥宮跡が、世界遺産に登録される。

大化の改新とは、645年に中大兄皇子と中臣鎌足が時の権力者・蘇我入鹿を暗殺したクーデターと、後の一連の政治改革を指す。「法治主義に基づく中央集権国家をつくり、日本が国家として確立する礎を築いた」と評価されてきた。

だがそれは、必ずしも「成功した革命」ではなかった。

聖徳太子の仏教路線から神道への揺り戻し

大川隆法・幸福の科学総裁は、「(大化の改新によって)聖徳太子の時代からの流れとまた違う流れが一回入ってはいる」と指摘する(*1)。

(*1)『「妖怪にならないための言葉」余話』(幸福の科学刊)

※文中や注の特に断りのない『 』は、いずれも大川隆法著、幸福の科学出版刊。

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タグ: 日本神道  民主主義  仏教  天皇  2026年9月号記事  僧尼令  聖徳太子  中大兄皇子  大化の改新  蘇我入鹿  中臣鎌足  壬申の乱 

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