最大の危機が到来中の北朝鮮情勢 なぜ北朝鮮はトランプ政権時代と異なる行動をとるのか【HSU河田成治氏寄稿】(後編)
2022.12.18
《本記事のポイント》
- 安保理で露中は北朝鮮を擁護
- 「核の先制使用」をも明記した北朝鮮の核戦略
- 戦争のリハーサルを重ねる北朝鮮
河田 成治
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
今年に入り、北朝鮮は以前とは比べものにならない頻度でミサイル発射を繰り返しています。
12月10日時点で、北朝鮮は累計85発以上を発射しました。昨年は6発、これまで最も多かった2019年でも25発であったことからも、今年の発射数は飛び抜けていると言えます。
10月4日には、青森県上空を通過する中距離弾道ミサイル(IRBM)を発射。11月2日には、短距離ミサイル(SRBM)を韓国の北方限界線(NLL)を超えて韓国の洋上に撃ち込みました。鬱陵島では空襲警報が鳴り響き、一歩間違えば偶発的な武力衝突に発展しかねない威嚇行為となりました。
11月18日には、アメリカ全土が射程に入る強力な新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)が発射され、これまでのICBMと比較しても特段の脅威が指摘されています。
12月5日には、日本海と黄海との海上境界線付近に合計約130発の砲撃を行いました。
このように北朝鮮は、韓国から日本、グアム、アメリカ本土のすべての目標を攻撃できる能力を短期間で示しており、これは単なるミサイル実験のレベルを大きく超えています。
2017年以上の危機の到来
過去、アメリカと北朝鮮との緊張状態がピークに達したのは2017年末でした。
2017年に北朝鮮は、グアムを攻撃できる中距離弾道ミサイル(IRBM)「火星12型」の発射実験を行い、6回目の核実験も強行しました。11月には、アメリカ本土を打撃できる大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、「国家核武力の完成」を宣言しています。
トランプ大統領は当時、「北朝鮮は世界が見たことのないような炎と怒りに直面するだろう」と警告し、マクマスター大統領補佐官は、北朝鮮への「予防戦争」を示唆しました。しかし北朝鮮はその後も挑発を続けたため、アメリカは戦略爆撃機を北朝鮮の国境付近上空へ飛行させるとともに、空母3隻を近海に展開させ、戦争一歩手前までいきました。
アメリカ政府が韓国と日本にいるアメリカ人を避難させる計画を策定した当時の状況を振り返り、ブルックス在韓米軍司令官(当時)は、「戦争に近づいた」と回想。
その中で、アメリカ政府は「あらゆる選択肢を検討していた」と述べています。マティス国防長官(当時)も、ワシントン国立大聖堂を訪ねて、「数百万人を犠牲にする可能性のある戦争危機を解決してほしい」と祈りを捧げたほどでした。
今年の10月9日、マイケル・マレン元米統合参謀本部議長は、ABC放送のインタビューで、「現在は2017年より危険な状況で、北朝鮮の核使用の危険性がさらに高まっている」と警告しています。
このマレン氏の危機感は、「核ミサイルは、単に交渉の道具ではなく、実際に軍事作戦として発射するためのもので、核戦争に近づき続けている」という状況分析からきています。
安保理で露中は北朝鮮を擁護
こうした異常とも言える北のミサイル発射や挑発は、中国とロシアとの連携が強力になった結果だと思われます。
これまで北の弾道ミサイル発射については、中国とロシアも国連安全保障理事会で制裁側に回ってきたのですが、今年の5月の制裁決議には初めて拒否権を発動し、北朝鮮を擁護しました。
ロシア、中国、北朝鮮が連携して西側と対峙するという図式が明確になった瞬間でした。その後、北朝鮮は水を得た魚のように、核・ミサイル強国を目指して最終実験を重ねる段階に入ったとみるべきでしょう。
トランプ氏とバイデン氏とで異なる対応をとる金正恩氏
この状況を加速させたのがバイデン政権下で行われる朝鮮半島付近での日・米・韓の軍事演習です。
北と交渉すら行わないバイデン大統領は、大規模軍事演習を再開しており、それに反発する北朝鮮がミサイル発射で応えるという構図になっています。
この姿勢は、38度線の境界線まで赴いて金正恩総書記に寄り添い、信頼関係の醸成に腐心して非核化を進めようとしたトランプ氏とは対照的です。その後、金氏はトランプ氏に配慮し、ミサイル発射回数を大きく制限していきます。
10月10日の朝鮮労働党創党記念日に、金氏は「敵と対話する内容もなく、またその必要性も感じない」として対話の扉を閉じ、「あらゆる方面で最強の核対応態勢をさらに強化する」と述べました。これはトランプ時代とは、打って変わった対応だと言えるでしょう。
この北朝鮮側の反応が、日米韓の軍事演習や韓国の軍拡競争につながっており、より不安定な状況を作り出しています。例えば、韓国の保守派からは、かつて米軍が韓国内に配備していた「戦術核の再配備」の声が高まっており、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は10月11日の「戦術核の再配備」についての質問に、「韓国とアメリカ政府・民間の様々な意見に耳を傾け、検討している」と答えています。
「核の先制使用」をも明記した北朝鮮の核戦略
今年9月8日、北は核兵器政策を法制化し、「朝鮮民主主主義人民共和国核戦力政策について」(「核使用法令」)を採択しました。この「核使用法令」は、核の先制攻撃権限を明文化しており、北朝鮮が攻撃を受けた場合や、大量破壊兵器による攻撃が切迫した時などに、北朝鮮の核先制攻撃が可能になると定めました。
この法令は、ロシアの核ドクトリンと同様に、北朝鮮が通常兵器で攻撃を受けた場合でも、核による反撃を規定するものです。
重要なのは、「核の先制使用」を宣言した点で、核戦争の危機が大きく高まったということです。
あくまでも自衛目的だとされていますが、核攻撃に踏み切るタイミングは曖昧で不明瞭であるため、実際にはどのような状況で使用されるかは、金氏の思い一つで決定されます。
もう少し詳しく、「核使用法令」の核戦略についてお話ししましょう。
まずアメリカへの核による攻撃は、アメリカから先に核攻撃を受けた場合の報復として行われるものであり、北からの核の先制使用は考えられていません。アメリカからの大量の報復核攻撃に耐えられるほど、北の核は強力ではないからです。
一方「核使用法令」では、朝鮮半島が戦場になった時、「米軍が介入するなら北は先制核攻撃を行う」と強調しています。
つまり北朝鮮は、朝鮮半島有事の際、米軍の介入を阻止するために、在韓米軍基地などに対し戦術核の脅迫を行うつもりなのです。しかしそれでも米軍が介入するなら、実際に米軍基地などを標的として核攻撃を行うと思われます。
そうなれば米軍は、グアムから戦略爆撃機を使って核報復を行います。そうなることを理解している北朝鮮は、米軍の核報復をさせないために、グアムに届く核ミサイルで応酬すると脅迫するでしょう。
北朝鮮は、朝鮮半島有事を想定した上で、実際に使う半島用の戦術核の開発を急いでいます。さらにこの戦術核に対する米軍の報復を阻止するために、中・長距離のミサイルも開発、配備を進めているのではないかと考えられます。
北朝鮮は、9月25日から10月9日まで計7回にわたって短距離ミサイル、中距離ミサイル、潜水艦発射ミサイルを発射した際、「これらはアメリカ、韓国、日本をいずれも念頭に置いたものだ」と主張しています。これは上記の核戦略を裏付けるものだと言えるでしょう。
戦争のリハーサルを重ねる北朝鮮
ミサイル実験を高い頻度で重ねることで、北朝鮮は短・中距離の高性能ミサイルを完成させたと見るべきです。
このミサイルを使って、米韓軍の航空基地・司令部や主要港などに対し、戦術核をも含めた先制ミサイル攻撃を考えている可能性があります(戦術核弾頭自体は未完成だと推測されています)。
また北朝鮮は9月28日、平壌順安(スナン)から日本海に戦術核弾頭を模擬搭載した2発の短距離ミサイルを発射しました。このミサイルで、朝鮮半島有事の際にアメリカの戦略爆撃機、ステルス戦闘機などが展開する韓国空軍の飛行場を無力化できると豪語しています。
10月6日には、短距離ミサイルに加えて、超大型多連装ロケット砲を発射しましたが、北は「韓国の政治中枢、軍事司令部などを狙った攻撃訓練だった」と発表しました。10月9日にも、米海軍や戦時物資が入ってくる韓国の主要港を攻撃することを意図した、超大型多連装ロケット砲の射撃訓練を行いました。
このように具体的な目標に照準を定めることを意図して実験を重ね、北朝鮮は「戦争のリハーサル」を行っていると見るべきでしょう。
ウクライナ紛争で生じたロシアとアメリカ側の決定的な敵対化は、北朝鮮を勢い付かせ、同時多発的な紛争の危機を呼び込んでいます。
今後、最も恐れるべきは、台湾有事と前後して朝鮮半島でも戦乱の匂いが立ちこめることでしょう。その場合、対応を間違えれば本当に核戦争が起こり得る危機的状況が生まれます。一刻も早くウクライナ紛争を停戦させ、北朝鮮と中国の脅威に集中しなければなりません。
HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の世界情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。
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