中国の極超音速ミサイル実験の成功 中国は台湾攻略時に米軍介入を諦めさせる狙いを持つ【HSU河田成治氏インタビュー】(前編)

2021.11.07

ロシアの極超音速ミサイル「アヴァンガルド」のイメージ動画(https://youtu.be/o-5UEq32-wc)より。

《本記事のポイント》

  • ミリー米統合参謀本部長が驚きを隠さなかったのはなぜか?
  • 極超音速兵器が"怖い"理由
  • 中国はアメリカの台湾への介入を阻止する戦略的目的がある

英フィナンシャル・タイムズ紙が10月17日、中国が極超音速ミサイルの実験を行ったと報じた。同紙によると中国が8月に、核搭載可能な極超音速ミサイルの発射実験を行い、ミサイルは目標に向かってスピードを上げる前に、地球を一周したとする。

世界で波紋を呼んだこの報道にもかかわらず、衆院選中、残念ながらどの党も正面から争点として取り上げ、国民に真正面から国防体制について語ることがなかった。中国がゲーム・チェンジャーとも言われる極超音速ミサイルを保有すると、どのような未来がやってくるのか。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)で安全保障学や国際政治を教える河田成治アソシエイト・プロフェッサーに聞いた。

(聞き手 長華子)

ミリー米統合参謀本部長が驚きを隠さなかったのは?

元航空自衛官

河田 成治

プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。

──マーク・ミリー米統合参謀本部議長は、中国の極超音速ミサイルの実験は、「スプートニク・モーメントにとても近いと考えられる」と懸念を表明しました。1957年にソ連が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げ、先を越されたアメリカに衝撃が走った「スプートニク・モーメント」になぞらえてのことです。アメリカに衝撃を与えた理由について、教えてください。

河田(以下、河): まず極超音速ミサイルについて説明しましょう。極超音速ミサイルとは、マッハ5以上の速度で飛行するもので、マッハ1から5未満をスーパーソニック(supersonic)、マッハ5以上をハイパーソニック(hypersonic)と呼び、両者を区別しています。

その理由は、マッハ5以上は開発が非常に難しくなるからです。

極超音速で飛行すると、飛翔体周辺の空気との摩擦などにより、飛翔体が1000度以上の高温に包まれるため、内蔵する電子機器を熱から守ることが極めて難しくなります。この熱の問題は速度と大きく関係していて、極超音速でなくてもこの課題はあります。例えばアルミニウム合金で出来た戦闘機は、マッハ2.2を出すと機体が150度以上になりますが、アルミ合金は熱に弱くて強度を失うので、これ以上の速度を出すと機体が保てません。

速度が速くなるほど高温にさらされ、マッハ20以上では数千度に達します。これは「熱の壁」と呼ばれています。

既存の大陸弾道弾ミサイル(ICBM)もマッハ20以上で飛翔しますが、「熱の壁」問題が発生しないのは、空気摩擦のない宇宙空間を飛行するからです。

しかし極超音速ミサイルは、弾道ミサイルよりはるかに低いところを飛翔するため、空気による熱の問題から逃れることができません。

この熱の問題は、速度だけでなく、高温にさらされる時間も関係します。短中距離のミサイルに比べ、大陸間を飛翔するような長距離ミサイルは、数千度の高熱の中で長時間にわたって正常に作動することが求められます。つまり短距離と比べると遥かに高度な耐熱技術が求められるのです。

アメリカでも、地球を一周できるような極超音速兵器の開発に成功していません。

こうした事情から、中国が今年8月に長距離型の極超音速ミサイルを成功させたことに、ミリー統合参謀本部議長は「スプートニク・モーメントにとても近い」と述べ、衝撃を隠さなかったのだと思います。

アメリカで先行していた超音速兵器の開発

──アメリカでは開発はどこまで進んでいたのでしょうか。

河: 最初に極超音速兵器の開発に着手したのはアメリカでした。

それまでアメリカで地球上のあらゆる地点を短時間に攻撃できる長射程の兵器と言えば、核ミサイルのみでした。

しかし実戦で核を使うハードルは極めて高いものがあります。「使えない核兵器」しか攻撃の手段がなかった状態から、通常兵器型の開発をすすめ、実際に攻撃で「使える兵器」をつくろうという構想がブッシュ政権時代に生まれたのです。これがCPGS(通常兵器による即時全地球打撃)と呼ばれるもので、敵の防空能力を突破し、1時間以内に精密な打撃を与えようとするものです。

ものすごい速度で着弾すると、通常兵器でも巨大な破壊力が発生しますので、"核兵器並みの威力"を持ちます。この核兵器並みの威力となるマッハ20以上の極超音速兵器の開発をアメリカは目指しました。加えて地中深くまで貫通するので、北朝鮮の地下核施設などを想定した攻撃まで可能にしようとしたと思われます。

そしてオバマ政権時代に本格的にCPGS計画が始動します。オバマ大統領は核の代替手段として核なみの威力の通常兵器を持とうとしたのです。しかし2回の実験に失敗すると、しばらくは開発が停滞して、打ち切られてしまいます。

その理由は予算の問題だけではありません。アメリカはMD(ミサイル防衛)技術で先行していたので、核に代わる極超音速兵器を開発しなければいけない強力な動機が中露ほどなかったのです。

一方、アメリカのCPGSの計画は中露を慌てさせました。自らのICBMはアメリカのMD(ミサイル防衛)に阻まれるのに、アメリカは核ミサイルが有効であるばかりか、新兵器まで投入してくるのです。

もしCPGSを使ったアメリカの先制攻撃によって、自国の核ミサイルが破壊されれば、残存した少数の核ミサイルで反撃したとしても、アメリカの弾道ミサイル防衛に阻まれて、有効な報復ができないかもしれない。ロシアや中国はこれを恐れました。つまり「核の安定性」の低下を恐れた中露は、極超音速兵器の開発を急ぐ結果となったのです。

皮肉にもアメリカの極超音速兵器の構想が、逆に中露側に開発を急ぐインセンティブを与えたことになります。

ロシアや中国に先を越されてしまったアメリカも、現在は急ピッチで開発を進めています。

2020年3月の発射試験では、標的からわずか6インチ(15センチ)以内に的中したと発表しています。

極超音速兵器が"怖い"理由

──なぜ極超音速兵器は恐れられるのでしょうか。

河: 2つの特性が挙げられます。

1つ目は、弾道ミサイルより低い高度を飛翔することです。弾道ミサイルが1000km以上の高度を飛翔するとすれば、こちらは30kmから80kmの高度です。2つ目は、上下左右にくねくねと進路を変えて機動しながら、滑空して飛距離を伸ばす特徴があることです。

この2つの特徴から、防御側に以下の4つの問題が起きます。

第1に、低い高度を飛翔してくるため、水平上で見通せる距離が短くなり、結果的にミサイルを発見するのはかなり接近してからになります。

第2に、高速で接近するので対処時間がほとんどありません。低い高度を飛行する巡航ミサイル(例えばトマホーク)は、速度が時速800km程度です。しかし極超音速だとトマホークの7~30倍で飛んできますので、発見から着弾まであっという間です。

第3に、くねくねと飛ぶのでレーダーから消えるなど、追尾が困難です。また探知できたとしても、方向や高度を変えながら飛翔するので、未来位置の予想がむずかしい上、ミサイル防御網を避けて飛ぶことも可能です。

第4に、30kmから80kmというのは、迎撃ミサイルが苦手とする高度です。日本が持っているイージス艦の迎撃ミサイルSM-3は、高度70km以上の宇宙空間での迎撃に特化したミサイルです。また新型のPAC-3MSEでも高度30km未満が射程圏内のため、それ以上高い高度を飛ぶ極超音速ミサイルは、迎撃範囲内に落下しない限り、撃ち落とすことはできません(もとよりPAC-3は日本全土をカバーするものではありません)。

このように、ミサイル防衛システムでは日本を守ることができない段階に入ったのです。

さらに極超音速兵器への対応の難しさとして、着弾エリアの予想がしにくいため避難警告を出すことが難しくなる点も挙げられます。

中国はアメリカの台湾への介入を阻止する戦略的目的がある

──中国は超音速兵器に加えて核戦力も増強しています。中国の意図はどこにあると思いますか?

河: 結論から言うと、「核大国同士の戦争は極めて難しい」という状況をつくろうとしているのだと思います。

説明しましょう。

中国が実験した極超音速兵器が地球を周回したということは、たとえば南極上空を通ってアメリカに攻撃を加えられるようになったということです。アメリカのミサイル防衛システムは北極ルートに集中しており、南からの攻撃に対しては手薄です。もともと迎撃が極めて難しい極超音速兵器の特性に加えて、アメリカの最も手薄な方面から攻撃を加えることができることを意味します。中国はこれで、アメリカを恐怖に陥れることができるようになります。

また中国は既存の核戦力も強化しています。ICBM(大陸間弾道ミサイル)用のサイロを200基以上建設していることが明らかになってきました。中国の近海から米本土を攻撃できる新型のSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)も脅威です。

中国の国営メディアの環球時報の編集者が「アメリカが中国に対する核脅迫の考えを放棄するようにする」とツイートしていましたが、その狙いは、「アメリカによる核の脅しで、中国の行動が制限されることがないようなレベルにまで、核戦力を増強させる」ことにあると思います。

つまり、中国がアメリカと同等かそれ以上に強力な核戦力を持てば、中国が台湾などへ軍事行動を起こしても、アメリカは全面核戦争に発展するリスクを恐れて、中国と戦うことを諦める可能性が高くなるということです。

今後、中国がアメリカ本土を核攻撃する極超音速ミサイルを配備したり、既存の核ミサイルを大増強したりすれば、アメリカが台湾有事に介入する敷居は極めて高くなってしまうでしょう。

要するに、「核大国間同士は戦争が極めて難しい」という状況をつくって、「介入するならひどい目にあうぞ」というわけです。極超音速兵器の実験も、明確に脅しの目的があるでしょう。

大国間同士の「核による安定」(お互いが核兵器を撃てなくなる)が成立したら、地域的には不安定になる逆説(Stability Instability Paradox)が発生し、地域紛争が発生しやすくなります。中国はこの状態に持ち込み、そしてアメリカの台湾介入を阻止するという戦略的目的を持っているとみるべきです。

核戦力や極超音速兵器の配備が完成したら、堂々と台湾を取りに行くでしょう。将来的にアメリカが台湾防衛を諦めるリスクが高まってきています。このまま中国の軍事力の増強を放置するわけにはいかないのです。

(後編に続く)

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タグ: 中国  ICBM  河田成治    極超音速ミサイル  CPGS計画  HSU 

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