ピケティ氏の映画「21世紀の資本」を見てみた 貧富の格差は拡大している!?

2020.10.04

《本記事のポイント》

  • 資本は労働者のものになるため、資本家と労働者との二項対立は無意味
  • 貧しい者を無前提に善人だとみなすと、努力をして成功した人を正当に評価ができない
  • 神の見えざる手は、悪魔の手なのか!?

トマ・ピケティ氏の「21世紀の資本」が映画となり、今年5月より日本でも全国で順次公開されている。原作者のピケティ氏自身が監修し、出演もするほどの力の入れようだ。

本作は、資本が一部の者に集中し、持てる者はますます富み、持たざる者がますます貧しくなる様子を、歴史を振り返りながら描き出すノンフィクション映画。中心テーマは「格差是正」論である。

ピケティ氏の自論に基づき、映画は資本主義という仕組みを「利用」して、強欲な者が資本を増殖させことができる一方、中間層や労働者が次々に没落していく姿を描き出す。

この映画の中で、資本主義は悪者だ。資本主義は資本を持つ強欲な資本家のためにしか存在しない。資本の成長速度は速いので格差が生まれる諸悪の根源とされる。

20世紀、1980年代のレーガン大統領とサッチャー首相の新自由主義的な改革で、この格差が拡大。さらに2008年のリーマン・ショックで、資本主義に対する絶望が世界に広がった様子が描かれる。

映画には経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏、政治学者のフランシス・フクヤマ氏、フィナンシャル・タイムズの編集長など、数々の著名な学者がピケティ氏の主張を擁護する形で登場。

その上でピケティ氏は、この格差の解消は可能であるとし、格差を防ぐために、きわめて社会主義的な踏み込んだ提言をする。

資本は「資本家」のものではなく「労働者」のもの

貧困層へのまなざしは一見すると宗教的で、弱者への思いやりに満ちているかに見える。

映画では、リーマン・ショックや、ロボットが雇用を奪う未来などと混在させて描いているため、資本主義そのものが"悪玉″に見えてくる。

しかしリーマン・ショックは、本来なら家を買うことができない人々に、金融商品をつくって売りさばいたことに問題がある。またAIの発達による雇用減少は将来取り組むべき課題であることは間違いないが、それでもって「資本主義悪玉論」を主張するには、十分条件を満たしているとは言えない。

ピケティの議論の展開には、いくつもの問題がある。

一つは「資本家」と「中間層や労働者」とを、二項対立で捉えることは正しいのかという問題だ。

そもそも資本主義のもとでは、労働者は仕事に従事することで、知識やノウハウなどを手に入れ、資本を手に入れられる。その過程で、労働者は経営者の視点を得ていく。そうした者の中から将来の経営者が輩出されるのが資本主義社会であって、資本家と労働者とは、階級が固定されたものではない。

むしろピケティ氏の構図は、「持てる者」(=搾取する階級)と「持たざる者」(=搾取される階級)との階級闘争を終わらせれば、人類平等のユートピアが来ると考えたマルクスと瓜二つであるという批判を免れないだろう。

成功者は財産を相続したから生まれるわけではない

またピケティ氏は、マルクスの『共産党宣言』と同じく、格差是正のために、殊のほか「相続税」を重要視する。人生のスタート時点で相続される財産によって、有利に立つ者が出て、地位や権力が固定されるのを防ぐ必要があるというのだ。

しかし2016年の米大統領選の候補者のマルコ・ルビオ氏もテッド・クルーズ氏も父はキューバ出身だ。ルビオ氏の父はバーテンダー、クルーズ氏の父は牧師だったが、二人とも巨額の財産と呼べるものなどなかった。またレーガンの父は靴屋であり、サッチャーの父は雑貨屋で、質素倹約を旨とした家庭で育った。ビル・ゲイツ氏、ソフトバンクの孫正義氏、ユニクロの柳井正氏、楽天の三木谷浩史氏など、富豪の生まれは一人もいない。ということは富豪の子供であることが、社会的成功を決めるわけではないということになる。

これらの事例は、後天的に受けた教育や考え方などが社会的成功を左右するとことの証明ではないか。ピケティ氏は、資本所有に基づく格差が常に固定され、累積的に拡大するというが、それは事実ではないのだ。

貧しい者は無前提に善人と見なされると、努力して成功者になった者を評価できない

さらに、貧しい人たちは無前提に「善人」だ、とみなすのも問題である。貧しい人の中には、努力すべき若いころに、勤勉さを欠いた生活をしていた人もいるかもしれない。

また、羨ましく見える「富める者」は、人より創意工夫し、お客様を喜ばせるために余分に働いてきたり、共働き生活をしてきたりしたのかもしれない。

この世で、努力を積み重ねてきた人々に対する正当な敬意を払うべきであり、個々の事情を無視して、富める者は「悪い人」とくくるのは、努力を続け「良い種」を播けば、結果として「良い実」が実るという「縁起の理法」に反することである。

この点を如実に語るのは、ピケティ氏の守護霊である。大川隆法・幸福の科学総裁が収録したピケティ氏の守護霊の、質問者の以下の問いに対する返答に注目してほしい。

質問者が、「生まれながらの金持ちに対して『許せない』という一種の正義感は非常に感じられるのですが、努力して、付加価値をつくって、豊かになっていく人の正当性というものをお認めにならないのですか」と聞くと、同氏守護霊はこう答えた。

努力はね、経済学的にはね、まったく評価されないの。経済学には『努力』っていう言葉はないのよ。『経済学的人間は、みんな一定の行動をする』と想定されている。だから、『努力する人』と『努力しない人』を区別する理論は、特にないの

現代の経済学では確かに「努力する人」と「努力しない人」とを区別できない。だからといってそれを言い訳にして、努力しない人を、事実上高く評価する結果に陥れば、配分を求める人ばかりとなり、国は発展しなくなる。そのような結果を招来する経済学は、存在価値があるのかと疑問を持ってしかるべきだろう。

「結果平等」を目指す社会は、面白みのかけた"複数性″のない社会を創る

また「結果の平等」を目指すと非常に抑圧的な社会となる。イチローが高い年俸を得ているからといって、社会がその所得を奪うのが当然で、単純労働者と同じ賃金しかもらえないとするなら、最初からイチローは厳しい訓練や節制に耐えたのだろうか。

誰もが"ほどほどの鍛錬"しか行わなくなったとしたら、卓越した人を輩出できなくなり、子供たちは憧れの対象を失ってしまう。

そんな結果平等を目指す社会は、面白みのかけた、理想からは程遠い社会となるに違いない。経済的自由が侵害された社会は、ハンナ・アーレントのいう「複数性」が失われた社会を作ることに他ならない。

増税で勤労意欲が下がり、景気が悪くなれば、貧困層に打撃

最後に、経済的に根本的な点だが、強度の累進課税と相続税、そして財産権の否定までして再配分をする社会は、働く人のインセンティブを失わせる社会となる。勤労意欲が削がれ、社会の労働生産性は、下がってしまう。

しかも法の抜け穴をかいくぐって脱税にエネルギーを浪費する人が増えてしまう。それを裏付けるのが、本誌でも連載しているトランプ米大統領の経済顧問アーサー・B.ラッファー博士らの研究成果だ。トップ1%の所得は、最高税率と反比例するというのである。

しかもアメリカでは減税によりトップ1%(130万人)の富裕層の連邦レベルの歳入に占める負担率は増え続け、2015年時点で40%に達した。この数字は、下から数えて95%の約1億3000万人の納税額に匹敵する。これは減税すると金持ちを優遇し、資本がさらに格差を生むというピケティ氏の主張を否定するものである。

増税は景気を冷え込ませるので、貧しい人はもっと貧しくなる。一方、景気がよくなれば、すべての人の生活は上向く。「上げ潮はすべてのボートを浮かばせる」のだ。

神の見えざる手は、「悪魔の手」!?

ピケティ氏守護霊は、「 アダム・スミスの言う、『神の見えざる手』は、『悪魔の見えざる手』なのよ。『人間が欲望のままにやったら、経済が発展する』っていう考えは、神でなくて悪魔だっだのよ、実は 」と述べている。

しかし、アダム・スミスが霊言で述べているように、レッセフェール(自由放任)の思想は、ただ自由に放任し、人々を堕落させることを目指しているものではなかった。「 『神の見えざる手』と言っているように、一定の理念、要するに、『神の望まれる繁栄』というものがバックにあって、その上で、各人の創意工夫による自由性を担保するということ 」であったのである(『 アダム・スミス霊言による「新・国富論」 』)。

この点をはき違え、宗教的倫理性を失ってしまった現代の資本主義は責められなければならない。だが、「格差」を問題視して、大きな政府をつくることはもっと問題である。それは自助努力をする人を駆逐し、「貧しさの平等」しか実現できない。豊かな人は騎士道精神を発揮すべきであるのは言うまでもないが、富を生み出す人を尊敬し、チャンスの平等を認めるカルチャーなくして、繁栄する世界は開けないのである。

(長華子)

【関連書籍】

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2015年4月号 ピケティブームがあなたの給料を減らす - 本当の「資本主義精神」とは何か? Part1 格差問題

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2020年8月28日付本欄 トランプ大統領はなぜサプライサイド経済学を支持するのか(1) 「努力即幸福」の尊さを説くサプライサイド経済学

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タグ: トマ・ピケティ  マルクス  格差是正  新自由主義  貧困  資本主義  リーマン・ショック  21世紀の資本 

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