2012年10月号記事

ワシントン発
バランス・オブ・パワーで読み解く
伊藤貫のワールド・ウォッチ

(いとう・かん)

国際政治アナリスト。1953年生まれ。東京大学経済学部卒。米コーネル大学でアメリカ政治史・国際関係論を学び、ビジネス・コンサルティング会社で国際政治・金融アナリストとして勤務。著書は『中国の核戦力に日本は屈服する』(小学館)、『自滅するアメリカ帝国』(文春新書)など。

国際政治はバランス・オブ・パワー(勢力均衡)から逃れることはできない。アメリカの退潮、中国の台頭、北朝鮮の核武装──。日本の置かれた立場は確実に不利に傾いている。日本が主体的にパワー・バランスをつくり出すために、国際情勢をどう読み解けばいいのか。

第6回

中東情勢のカギを握るトルコ、エジプト、イランの大国意識

──シリア内戦やイラン核開発問題など中東情勢を歴史的な観点から分析するとどうなりますか?

イラン、エジプト、トルコは中東地域の大国です。私は長期間、アメリカの中東政策を観察してきたのですが、最近、これら3大国とアメリカとの関係を予測できなくなって困っています。これら3国は2500~3000年前から独自の文化を持つ大帝国を建設してきました。だからこれら国民には強い「大国意識」がある。「我々の祖国は、欧米諸国よりも高度な文明を持つ強盛帝国だった」というアイデンティティ意識です。

それに比べて中東の他のアラブ諸国は、第一次大戦後のドサクサにまぎれて英仏両政府が勝手に国境線を引いた「人造国家」です。国家としての正統性と団結性に欠き、強烈なプライドがありません。今のイラクはシーア派の独裁体制です。それにスンニ派とクルド族が抵抗し、シーア派へのテロ事件が頻発しています。お隣りのシリアでもスンニ派とシーア派(アラウィ)が血まみれの内戦を始めました。両国とも、「百年の歴史すら持たない人造国家」ですから、国民が本物の愛国心と忠誠心を持つことができないのです。

──アメリカと中東の3大国との関係が悪化しています。

そうです。冷戦期のトルコは軍部が権力を握っており、米外交に協力的でした。しかしイスラム教原理主義政党が政権を取ってから、アメリカに対する独立性を強めています。今年の米・トルコ関係は上手くいっていますが、それはたまたま「シリアのアサド政権を打倒する」という点で利害が一致しているからです。しかし、トルコは、アメリカが支援するイスラエルとの関係が極端に悪くなっています。