《本記事のポイント》
- 政府が避難訓練を要請するも、自治体は「前例ない」と戸惑いがある
- 本当は法律により、避難実施要領をつくって訓練をしていなければいけなかった
- ミサイル避難の次の課題は、地方自治体に緊張感を伝えること
北朝鮮が日本の領土にミサイルを発射した場合、まずは自衛隊や米軍による迎撃の成功を祈ることになる。しかし、それでも防げなかった場合、最後の砦は、「個人がいかに避難し、身を守れるか」となる。
有事の可能性が高まる中、政府は都道府県の危機管理担当者を集めて説明会を行うなど、避難対策をにわかに要請し始めた。
しかし、国と自治体との間には、かなりの温度差がある、というのが実態のようだ。
ミサイル避難訓練は「前例がない」と戸惑い
新潟県阿賀野市の横井基至市議(幸福実現党)は、市行政における避難対策の現状について、編集部の取材にこう語る。
「4月25日のことです。北朝鮮暴発の可能性が高まった際、県が各市の危機管理担当者を集めて『早急に避難訓練をするように』という話をしました。
しかし市としても、『国や県はやれと言うけど、前例がない』ということで、戸惑っているのが現状です。『どういう規模で、誰に対して訓練を行うのか』という"型"もない。避難実施要領をつくるための資料も、上からある程度もらってはいますが、それを各地に当てはめる作業も大変です。
また、訓練をすれば、それに伴う新たな予算も必要になります。
避難訓練となると関係機関と連携して行うことになるので、各自治体は『他の自治体が先にやってくれないかな』と様子を見合っているように見えます。いずれにせよ、実施するかどうかは、最後は、首長の考え方ひとつなのですが」
地方自治体としても、政府の要請にすぐに応じるのは難しいようだ。
議会でも提言していたものの……
実は横井市議は、ここまで情勢が緊迫化する前の昨年12月、市議会の一般質問において、「ミサイル防衛に向けた避難」を提言していた。以下が、その時の質問内容の一部。
「市が行う事務及び業務の中に避難実施要領の策定があります。さまざまな種類の武力災害に対する避難の仕方があると思いますが、阿賀野市やその周辺が窮迫不正な侵害を受けたときに阿賀野市民への被害を限りなく小さくし、迅速に避難させることができるのでしょうか。また、現在学校等で行われている避難訓練の中に武力災害に対する身の守り方や初動対処を盛り込むべきだと思いますが」(阿賀野市議会議事録)
この質問に対して市長からは、「早急に策定する必要がある」「訓練を検討する必要がある」との回答を得たという。
横井市議はこう振り返る。
「これらは俗に言う『早急に=いつになるかわからない』『検討する=やらない』とういう議会用語のようなもの。市民の生命や安全にかかわる根本的な所にまで使われるなんて、かなりショックでした。
実際にミサイルが着弾した時の初動対処について、紙に書いて市民に配ればそれで済むとは思えません。実際に訓練をすることの意義を、よく考えなければいけないと思います。
本当は、『国民保護法』で、各自治体が武力攻撃を受けた場合の避難実施要領を策定して訓練していなければならなかったんです。行政の監督責任は首長にありますから。
やらせなかった国にも責任はあります。国の方も、『言ったからね』というスタンスでしょうか。内閣官房や総務省などから、もっと強くつついてほしいです。ある程度は義務化が必要ではないでしょうか」
住民への「民間防衛」の啓蒙必要
武力攻撃対策における自治体の役割について、横井市議はこう語る。
「自治体で外交・防衛について触れるのはタブーというような雰囲気がありますが、最後は自治体の対応が、命を左右します。
『民間防衛』の要諦は、『自助・互助・公助』です。自治体も避難先の確保などをするべきですが、まずは市民一人ひとりが、いかに自分の身を守るかという意識や知識をも根付かせないといけない。勉強会を開くなど、啓蒙も必要です」
横井市議は、今後も働きかけをしていくつもりだという。
米大統領選・予備選の段階で「民間防衛」を訴えた市議
昨年6月の長野県駒ヶ根市議会で、塩澤康一市議(幸福実現党)は、国際情勢の激変をにらんだ「民間防衛」を提言した。
当時、まだアメリカ大統領選が予備選挙の段階だったが、塩澤市議は「トランプ氏が大統領になった場合に、国防という観点で、日本は備えられるのでしょうか」「市としても独自に、災害対策と共に、国防をにらみ『戦争』もしくは『核攻撃』を想定し、市民を守る方法、『民間防衛』を今後考えないと間に合わないかもしれない」と指摘(駒ケ根市議会議事録)。
スイスの法律では、人口1000人以上の自治体には避難所を建設する義務があることなどに触れ、「昔でいう防空壕などが必要になってくるのではないでしょうか」と、「核シェルター」の建設を提言した。
議会後、賛同を示してくれた議員も何人かいたが、全体としては「現実離れした提言」というような印象が持たれた様子だったという。しかし、今の情勢を考えれば、極めて先見性のある指摘だった。
情勢がここまで緊迫した現時点での雰囲気についても、塩澤市議は「市における危機管理への意識はさほど変わっていないようにも見えます……」と語る。
「核廃絶」の意見書の方が現実離れ!?
ちなみに、「提言の現実離れ」という観点で言えば、同市議会は3月、市民から出された陳情に基づいて、「『核なき世界』をめざす核兵器禁止条例への賛成と、核廃絶の平和外交の推進を求める意見書」を採択し、国に提出している。
塩沢市議は「核廃絶は世界の理想だが、まずは北朝鮮などの核兵器を廃絶させることができなければ何の意味もない」として、議員の中で一人だけ正式に反対票を投じたという。
この意見書に比べて、「自治体による武力攻撃への備え」の提言が、現実離れしているとは言えないだろう。
少なくとも「避難先のリスト」は作成すべき
塩澤市議は編集部の取材にこう語る。
「『核シェルター』となれば、確かに、財政的にもハードルが高いでしょう。ただ、どこかで言っておかなければならないと考え、発言しました。
少なくとも、武力攻撃の際に、どの地域の人たちが、どこへ逃げ込めばいいのかという、誘導先のリストなどは策定する必要があるのではないかと思います。秋田県男鹿市がやったような避難訓練の実施についても、市に打診をしています」
政府の方では、少しずつだが、有事の避難対策に動きつつある。次の課題は、その緊張感を、いかに地方自治体に伝えていくかだろう。
(馬場光太郎)
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