《本記事のポイント》

  • 現行のRCEPでは不公正な貿易慣行が行われかねない
  • 中国経済に組み込まれ、ポスト・グローバリズム・デカップリングに逆行する日本
  • 日米フォーラム「富士山会合」で日本の対中融和姿勢から共同声明出せず

東アジア地域統括的経済連携(RCEP)の年内妥結が見送られた。

RCEPとはASEAN10カ国と、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドの6カ国が参加し、広域経済圏をつくる構想だ。

成立すれば、世界の人口の半分、貿易額の3割、国内総生産で3割を占める世界最大の自由貿易圏ができあがる。

日本は早期成立を急ぐため、リーダーシップを発揮していたが、今回も年内妥結は不可能となった。

妥結に慎重な姿勢を示していたのがインドだ。同国は巨額の貿易赤字に苦しんでおり、そのうち3割は中国相手だ。2018年度は約530億ドル(約5兆7700億円)に達した。

そうした国を含む経済構想に対して、国内の製造業や農業からの反対は根強く、関税の譲歩がなされなかった。また中国の原材料を使った製品が東南アジアを経由して、インドに輸出されれば、国内産業が打撃を受ける。そのため、インドは輸入が急増した際の緊急輸入制限(セーフガード)の導入を求めている。

新聞各紙は「孤立するインド」と報じたが、自国産業を犠牲にできないと考えるのは当然だ。

このように各国の足並みは揃わない。

RCEPでは不公正な貿易慣行が行われかねない

それ以外にも同構想は、様々な穴がある。

例えば中国においては、国有企業が補助金や規制によって保護され、外国企業よりも有利に競争できる。これは米中貿易交渉で中心的に取り上げられている問題にもかかわらず、RCEPの交渉では議題にあがっていない。

知的財産侵害への対処についても、話は進んでいない。

日本は中国に対し、海外企業の自国への進出を許す交換条件として、「サーバーなどの情報設備設置の強要を禁止する」ルールを求めている。サイバースパイ行為などにより、企業秘密のデータが盗まれるのを防ぐための提案だ。しかし中国は反発している。

RCEPに世界貿易機関(WTO)以上の、環太平洋パートナーシップ(TPP)並みの規律を要求することは不可能となっている。

トランプ米大統領は、2016年の大統領選で「中国のWTO加盟は、雇用泥棒となった」と述べたことがあった。もし拙速にRCEPが妥結され、不公正な貿易慣行が続けられたら、他国が中国に仕事を盗まれる事態になりかねない。

中国経済浮上の手段としてのRCEP

一方、この経済連携に一番の旨みを見出しているのが中国だ。

米中貿易摩擦の最中で、貿易黒字が減らされ、共産党が目標としている経済目標が達成できない。このため中国は、世界最大の貿易連携構想を早期に妥結させて、米中貿易摩擦で生じた黒字減を補いたい。

中国経済は減速中で、いくらインフラ投資を増やしても景気が伸びやむ段階に入った。需要のない投資が積み重なり、企業、家計、政府の債務の合計額はGDP比で300%の40兆ドル(4300兆円)に達した。

インフレ傾向も懸念される。10月28日付のフォーブス誌WEB版によると、中国の投資家は、安全資産と言われる金ETFへの投資を増やしている。

そんな中、日本はRCEPの「規模」に目が眩み、景気を浮上させる契機としたいようだ。しかし、中国経済が崩壊した場合に、そのあおりを真っ先に受けることになる。

さらに中国経済と関係を深めれば、「言論の自由」さえ抑圧される未来がやってくる。米プロバスケットボールNBAの幹部が10月、「自由のために戦おう」と香港を応援するツイートをして謝罪に追い込まれた出来事があった。日本が対中依存度を高めれば、こうしたケースは増加していくだろう。

こうした副作用があることを知りながら、中国とあえて巨大な経済圏をつくる必要があるのか。

時代はポスト・グローバリズムからデカップリングへ

真逆の方向を行くのがアメリカだ。

トランプ大統領は8月下旬、「我々は中国を必要としない。率直にいって彼らなしでよい」と宣言するなど、アメリカや同盟国のサプライチェーンから中国を外す「デカップリング」を肯定する発言もし始めている。

サプライチェーンにおいて中国と依存関係にある限り、安全保障上の脅威がぬぐえないためだ。

実際、米中貿易戦争が続いているため、二大経済圏の分離が進みつつある。日本企業のスズキもインドに工場を移転するなど、貿易戦争が続けば、生産施設を中国以外に移転する企業は増え続けるだろう。

産業の空洞化は「グローバリズム」が原因で、アメリカの富が一方的に中国に流出し、アメリカの製造業と雇用が失われた。トランプ政権は貿易不均衡を、関税自主権を使って正そうとしてきた。そして今は次のステージであるデカップリングに入っているということだ。

このデカップリングは、エネルギー、航空、自動車、金融、農産物や半導体など、すべての経済分野に及ぶ可能性が高いと言われている。

富士山会合は紛糾し共同声明出せず

こうした状況下における安倍政権の対中融和姿勢は、トランプ政権には危うく映る。象徴的な事件がすでに起きた。

2014年より毎年行われている「富士山会合」という日米両国の政府・軍幹部・経済界・シンクタンクなど150人以上が一堂に会するフォーラムがある。

事情を知る関係者によると、今年は同盟国である日米の対中観の違いから、中国に関する意見交換の場が紛糾し、「共同声明なし」となったのだ。

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)で国際政治や安全保障を教える河田成治氏は編集部の取材にこう応えた。

「日本側は消費増税などで経済が停滞する中、RCEPをはじめとした中国との経済協力による経済成長を画策しています。

日本は安全保障上、最大の脅威を中国と認識しており、さらには国際社会が香港問題やウイグルの人権問題などで中国政府を非難しているにもかかわらず、友好ムードを演出して中国と経済交流を促進しようとしていることに、危機感を感じます。中国は経済力を軍事力強化に利用してきました。

米中貿易戦争を良いことに、日本が中国と接近して経済的な漁夫の利を狙うならば、我が国はアメリカと戦略目標を共有することが難しくなっていきます。このような『エコノミック・アニマル』的な政策が続くと、長期的に見たときに、日米同盟の弱体化、アメリカによる同盟破棄へとつながるのではないかと危惧します」

減税政策の実施によるデフレ脱却で、内需主導型の経済を築けば、日本もデカップリングは可能なはずだ。「価値の外交」を打ち出していた安倍政権は、トランプ大統領から「友人ではない」と言われる前に、本来のスタンスに立ち戻ることが求められている。

(長華子)

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『繁栄への決断』

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大川隆法著

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