文学は、その国やその時代に有名になったとしても、後世に世界中で読まれるようになる作品となると、ほんの一握りにすぎない。しかし、ロシア文学の黄金時代には、今でも世界中で「一生に一度は読んでおきたい作品」と評される名作が多数生まれた。

中でもレフ・トルストイとフョードル・ドストエフスキーは、そうした名作を生んだ二大巨頭だ。なぜ同じ国の同じ時代に、世界的に見ても稀有なほどの文学の高みがあったのだろうか。3回にわたって、その謎に迫りたい。

(HSU未来創造学部 髙橋志織)

大きな時代の変わり目を生きた二人

まずは、二人の生きた時代背景を追ってみよう。

二人が生きたのは19世紀のロシア。当時は帝政で、皇帝が権力を握っていたが、二人の死後、1917年3月の「二月革命」でその体制に終止符が打たれる。同年11月には「十月革命」が起こり、ロシアは世界初の共産主義国家になった。ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の建国である。

ロシア人の信仰の主流はロシア正教会で、現在のロシアではその信仰が復活してきているが、共産主義のソ連は宗教を否定する無神論国家。二人は、その直前の時代を生きていた。

宗教の教祖のような存在だったトルストイ

二人はどんな人物だったのか。

レフ・トルストイ(1828~1920年)は、名門貴族のトルストイ伯爵家の四男として生まれる。クリミア戦争での従軍などを経て、教育事業など貧困層の支援に尽力した。

トルストイはロシア正教のあり方に疑問を持ち、自らの手で聖書や宗教論を著し、「トルストイ主義」と呼ばれるようになった。また、作品を通してだけではなく、貧しい人々のための学校をつくったり、土地改革に乗り出したりするなど、具体的に弱者救済の運動も行っていた。

作品を通じて彼の信奉者が増え、世界各国からトルストイの自宅を訪れるようになる。また、彼の反戦主義を信奉するフランスの兵士が、兵役を拒否したことで処罰されるといった事件も起こるなど、影響力を増していく。

しかし、信奉者が増えたことが原因で家庭不和を起こし、家出するまでになってしまう。その道中に肺炎で倒れ、娘に看取られながら亡くなった。

代表作は『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』『復活』『イワンのばか』など。当時の文壇の人々からも一目置かれただけでなく、国境を越え、同時代に生きたインド独立の父、マハトマ・ガンジーも、トルストイを「私の生涯に深い印象を残したのみならず、私をとりこにした人」と表現している。

トルストイはまさに、宗教の教祖のような存在だったのだ。

革命家であり元祖・推理小説家であるドストエフスキー

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(1821~1881年)は、モスクワの慈善病院に勤める医師の次男として生まれる。サンクトペテルブルク陸軍中央工兵学校に入学し、卒業後は工兵隊製図局に勤めるも、約1年で退職し、作家を目指した。

ところが、社会的空想主義のサークルに入ったことにより逮捕され、銃殺されそうになる。しかし運よく処刑の直前に皇帝の恩赦を受け、九死に一生を得てシベリアへと流刑になった。この出来事を通して、ドストエフスキーは聖書と向き合い、敬虔なキリスト教信者となった。

10年後に文壇に復帰し、創作活動を再開。数多くの大作を世に遺した。代表作は『罪と罰』『白痴(はくち)』『悪霊(あくりょう)』『カラマーゾフの兄弟』などだ。

『罪と罰』の中では、「神の法の前では天才(皇帝)も凡人も平等である」ということを描き、暗に皇帝至上主義を批判している。当時のロシアは検閲が非常に厳しかったが、個人的な文学作品であるということで、政府も検閲をすることができなかった。文学の持つ性質を生かして、検閲の厳しいロシアの中で、社会啓蒙を行っていた。

その後も、作品を高く評価され、保守派の週刊誌の編集長に任命されたのち、極左の雑誌にも執筆を申し込まれるなど、政治的にも各方面に大きな影響力を持っていた。さらには、推理小説の原点として、江戸川乱歩や島崎藤村も影響を受けているといわれている。

宗教禁止のソ連でも学校で教えられていた

トルストイもドストエフスキーも、その作品は極めて宗教的なテーマが多い。しかし意外なことに、二人の作品は、宗教が禁止となったソ連時代にも、学校で教えられていた。

ソ連時代にその支配下にあったブルガリアで学校教育を受けたある女性は、「二人の作品は、学校で道徳のような形で習いました。家には、本もあり、両親が読んでいましたよ」と語る。もちろん現在のロシアの学校でも教えられている。

文学として物語の中に織り込まれた宗教的な教えは、いくら共産党が抜き去ろうとしても抜き切れるものではない。神の救いが遠のく共産主義化の流れの中で、二人の作品は、人々の心を救い続けてきたのかもしれない。

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トルストイは「世界文学編・上巻」に、ドストエフスキーは「世界文学編・下巻」にそれぞれ取り上げられているので、合わせておすすめしたい。(第2回へ続く)

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