英空母「クイーン・エリザベス」がアジアにやってきた 新「日英同盟」がもたらす未来(前編)【HSU河田成治氏インタビュー】

2021.08.01

《本記事のポイント》

  • 短期的リスクより中長期的繁栄に向けて英断したイギリス
  • クイーン・エリザベスの航海は典型的な軍事力の使い方
  • 日英は互いを「同盟国」と呼び合うようになった


国家安全維持法を成立させ、香港の一国二制度をなし崩し的に崩壊させ、全体主義的な統治を行い始めた中国に対抗し、イギリスは英海軍の最新鋭空母「クイーン・エリザベス」をアジアに派遣している。7月26日にはシンガポールに到着し、27日には同海軍と共同訓練を行った。警戒する中国は、南シナ海で軍事演習を実施し始めた。

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)で安全保障学や国際政治を教える河田成治アソシエイト・プロフェッサーに、空母「クイーン・エリザベス」が、アジアにやってくる意味合いや「日英同盟」のあるべき姿について聞いた。

(聞き手 長華子)


元航空自衛官
HSUアソシエイト・プロフェッサー

河田 成治

プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。

──空母「クイーン・エリザベス」がアジアにやってきました。

空母「クイーン・エリザベス」を中核とする空母打撃群の派遣は、イギリスの大戦略の一つに位置付けられています。ブレグジット(EU離脱)を成し遂げた後のイギリスの国家戦略「グローバル・ブリテン」構想の一環なのです。

短期的リスクより中長期的繁栄に向けて英断したイギリス

イギリスは1973年にEUの前身のヨーロッパ共同体(EC)に加盟しましたが、加盟はあくまでも経済的実利が理由で、"嫌々ながら"の加盟でした。主権が制限され"EUの中の一つのイギリス"の地位に甘んじなければならないものだったからです。

イギリスがEUから離脱したのは2020年の年末です。2016年の国民投票から最終的に離脱を実現するまで4年。"難産"の末の離脱でした。

EU離脱に関しては、「イギリスにとって最重要の貿易相手はEUだ」「短期的にはブレグジットは経済にマイナスの影響を与える」という論調が支配的でした。例えば英紙フィナンシャル・タイムズは、「ブレグジットによって損なわれるGDP成長率は5%に達する」と予測していました。

確かにEUとの貿易では、通関手続きなどが必要となり煩雑な仕組みになったため、2021年1月にはイギリスの対EU輸出入額が過去最大の落ち込みを記録しています。

しかし「単一市場から離脱するデメリットからイギリスは衰退する」との大方の予想に反してイギリス経済は復活しています。

下図で示されている通り、今年の5月時点の対EUの輸出額はEU離脱前の水準に戻ってきました。

イギリスの未来はインド・太平洋地域にあると、政治家がリスクを負ってでもEU離脱を英断できたところが、イギリスの素晴らしいところではないでしょうか。責任逃れや問題の先送りをしがちな政治家では、とても成し遂げられない偉業でした。

ボリス・ジョンソン首相:「私たちは自由を手にした」

ボリス・ジョンソン英首相は新年のあいさつで、ブレグジットをこう祝福しています。「私たちは自由を手にした」「それを最大限に活用するのは、自分たち次第だ」と。

自由を最大限活用する。そんな目標をグローバル・ブリテン構想で実現し始めたのがイギリスです。この構想は一言で言うと、「スエズ以東」に回帰して、大英帝国時代の繁栄を取り戻そうという野心的ビジョンです。

このビジョンの具体化として、イギリスが最初にやってのけたのが、クイーン・エリザベスのインド・太平洋地域の航海でした。

クイーン・エリザベスの航海は典型的な軍事力の使い方

──空母「クイーン・エリザベス」がアジアにやってくる意味合いについて教えて下さい。

空母「クイーン・エリザベス」の航行は、プレゼンス(英国の存在感)を示し、イギリスがインド・太平洋地域に戻るという強い意志を世界各国にアピールするもので、典型的な軍事力の使い方だと言えます。

空母に搭載されているF35Bの18機のうち、8機は英国軍、10機は米海兵隊所属です。イギリス航空戦力が揃っていないのにもかかわらず、アメリカの戦闘機を搭載してでも、空母を送り込んできています。結果として、英米の緊密な関係性も世界にアピールすることになりました。

現時点での英空母は、レーダーが十分でないなどの脆弱さがあります。またコロナ禍ですから乗組員にはワクチンを2回接種して重症化を予防するなどの手立てをした上で送り込んでいます。こうした逆境や不十分な装備にもめげずに、これだけ早くインド・太平洋に来られたことに、イギリスの強い意志を感じます。

下図に示されているように、英空母「クイーン・エリザベス」を中核とする空母打撃部隊は航海中に日本の自衛隊をはじめ同盟国などとの70以上の演習や作戦が予定されています。各国との関係強化とあいまって、英国のプレゼンス(存在感)が示される、たいへん有意義な航海であると思います。

このようにイギリスはヨーロッパのイギリスではなく、「世界のイギリス」なのだということを示すことに成功しつつあるのです。

根拠となっているのは2021年の「統合レビュー(競争的時代におけるグローバル・ブリテン:安全保障、防衛、開発及び外交政策の統合的見直し)」です。この中ではインド・太平洋地域が「世界の地政学的中心になりつつある」とし、同地域への経済・外交・安全保障面での包括的関与の強化が掲げられています。

そしてイギリスは日本を、安全保障面を含む「最も緊密な戦略的パートナー」の一つと位置付け、関係深化を謳っています。同時に4月にはブレグジット後初の外遊先として英連邦(Commonwealth)の中心国インドを選択しました。

日英は互いを「同盟国」と呼び合うようになった

歴史的に見ても、日英間の戦略的関係は、20世紀初頭には日英同盟として結実しています。第二次世界大戦後においても、イギリスはヨーロッパにおける最も重要な相手でした。

このように日本にとってイギリスは、政治面でも経済面でも、長年にわたり「欧州第一のパートナー」に位置付けられてきたことは間違いありません。ヨーロッパ諸国との意思疎通も、イギリス経由で行われることも多くありました。

21世紀においても、日英関係は着々と深化しています。同盟に限りなく近づいてきた進展をおさらいしておきましょう。

2012年4月の「日英共同声明」では、「日英は、アジア及び欧州それぞれにおいて、相手国の最も重要なパートナー」と二国間関係を評価しています。

共同声明で特筆すべきは、以下の3点です。

  • 民主主義、法の支配、人権、市場経済という価値の共有。
  • その価値に基づき、世界の繁栄と安全保障を促進することにコミットする。
  • 「世界の経済・社会的繁栄の構築」、「世界の平和・安全保障の促進」を目指す。

「世界の平和・安全保障の促進」に向けて、日英両国の外務大臣による「戦略対話」が開催されました。今年5月のイギリスでの戦略対話は第9回目に当たります。

その他、「情報保護協定」の交渉が開始され「日英情報保護協定」が結ばれ、両国防衛担当大臣による「防衛協力覚書」が成立。防衛装備品の共同開発なども行われるようになっています。防衛装備品の共同開発は機密性が高いため、日英に信頼関係がなければ決してできないものです。

また円滑な軍事訓練を目指して、2017年10月には「日英物品役務相互提供協定」(ACSA)を締結しました。

こうした流れの中で2015年のイギリスによる「国家安全保障戦略」の中で、戦後初めて日本が「同盟」と明記されました。

同年より、横須賀の海上自衛隊自衛艦隊司令部に、英海軍から連絡士官(大佐)が派遣されましたが、これは日英同盟以来、実に92年ぶりの常駐になります。

そしてメイ前首相が2017年の来日時に、安倍前首相との間で4つの文書に合意。空母「クイーン・エリザベス」のアジア展開も、合意文書に盛り込まれています。

メイ氏は首脳会談後のNHKインタビューの中で、こう語っています。

「英国と日本は両国とも海洋国家です。私たちは民主主義や法の支配、人権を尊重します。私たちは自然なパートナーであり、自然な同盟国だと思います」

日本側もこの呼びかけに同意し、日英が互いを「同盟国」と呼び合い、日英関係は次の段階に引き上げられました。

また昨年10月には「日英包括的経済連携協定」(日英EPA)が結ばれ、今年の1月1日から発効しました。この日英EPAは、日英間の貿易・投資の促進につながるものであり、良好な日英関係をさらに強化していくための重要な基盤となるものと期待されています。

英米間の包括的経済連携協定は審議中ですので、異例の速さだと言えるでしょう。次回は、日英で目指すべき同盟の形についてお話をしていきます。

(後編に続く)

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タグ: 国家安全維持法  河田成治  インド・太平洋地域  クイーン・エリザベス  香港  空母  日英同盟  自衛隊 

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