トランプがつくる世界新秩序──「アジアの冷戦」を終わらせる - 編集長コラム

2018.07.29

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2018年9月号記事

米中決戦が始まった

「暴走トランプ」が世界を救う

アメリカのトランプ大統領は、外交政策で自分優先の「トランプ・ファースト」と批判を浴びている。

しかし、その狙いは世界の秩序をつくり直すことにあるのではないだろうか。


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編集長コラム Monthly Column

トランプがつくる世界新秩序

――「アジアの冷戦」を終わらせる

アメリカのトランプ大統領は 米朝合意を受けて、米中による「アジアの冷戦」に本格的に踏み込もうとしている。 米中の対決を通じて、トランプ氏が何をやろうとしているのかを探ってみたい。

6月の米朝首脳会談後、金正恩氏がどこに向かおうとしているかは様々な見方があるが、大局的には「非核化」「経済開放」に向かおうとしている。しかも北朝鮮は今後、中国ではなく、アメリカ寄りの国家になりそうだ。

世界最悪の人権弾圧国家である北朝鮮がアメリカの影響下で変革を進めるならば、歴史的な大転換となる。次の焦点は、 ポーランドの民主化など「東欧革命」からソ連の崩壊が起きたように、北朝鮮の変革から中国で共産党政権崩壊と民主化が起きるかどうか に移る。

ソ連を崩壊させた法王

1980年代から90年代初めのソ連崩壊と冷戦終結は、どのように起こったのか。

(1)まず アメリカを中心とする外交・軍事・経済の包囲網から始まった。

レーガン、サッチャー、中曽根といった米英日の首脳が緊密に連携。アメリカは核兵器を無力化する「戦略防衛構想(スターウォーズ計画)」を打ち出して軍拡競争と経済戦争を仕掛け、限界の見えた共産主義経済をさらに疲弊させた。

(2)次に 宗教の力が働いた。 ソ連が支配していた東欧では自由を求める人々が80年前後から立ち上がっていた。特にポーランドでは79年にローマ法王ヨハネ・パウロ二世が故郷の同国を訪れ、100万人の群衆にこう語りかけた。

「地上のいかなる場所においても、イエス・キリストを人類の歴史の外に締め出すことはできません。キリストを締め出すことは人類に反する行為です。キリストなしにポーランドの歴史を理解することも不可能です」

当時のポーランドは無神論の国で、公には神を語ることはできなかったが、もともとカトリックの国だった国民の心を法王が代弁。大群衆は「われらに神を! われらに神を!」と連呼し、法王が説教を10分間中断するほどだった。

80年代を通じて法王はポーランドの民主化運動を支援し続けた。そして、ソ連を「悪の帝国」と指弾し、冷戦を「善と悪の戦い」とするアメリカのレーガン大統領が陰に陽にバックアップし、東欧とソ連に圧力をかけた。

ポーランドは89年、共産圏で最も早く民主化を成し遂げたが、その原動力は「神を求める人々の心」だった。

言論の自由に敗れる

(3) ソ連崩壊の決定打は、ゴルバチョフ書記長が政治・経済を改革するペレストロイカと共に、グラスノスチ(情報公開)を始め、「言論の自由」を認めたことにある。 それまで絶対だった共産党への批判ができるようになり、政府の官僚体質や幹部の腐敗が報道されるようになった。

ゴルバチョフは漸進的に改革していくつもりだったが、90年に複数政党制を導入すると、共産党体制はあっという間に葬り去られてしまった。

共産主義はカール・マルクス(1818~83年)が構築した「神とお金持ちを憎む宗教」だが、結局のところソ連の共産主義体制は、「富の力」と「神と自由を求める人々の心」に敗れ去ったといえる。

中国はソ連崩壊から教訓

中国共産党は、ソ連の崩壊を徹底的に研究し、同じ轍を踏まないための手を打ってきた。

(1)まず、外資導入による経済開発を進め、21世紀の早い時期にアメリカの経済力・軍事力を超え、アメリカの包囲網を跳ね返す。アジアからアフリカ、ヨーロッパまで中国が"支配"する「一帯一路」構想はその象徴だ。

(2)宗教は共産党が徹底的に管理する。キリスト教などの教義にも介入し、唯物論の共産主義思想と両立させる。

(3)ソ連のような情報公開は一切やらず、言論の自由は認めない。ネットや顔認証カメラ、電子決済システムを通じ、国民の生活を監視する。

つまり中国は、外国の「富の力」を利用しつつ、「神と自由を求める人々の心」を容赦なく抑え込むという大方針をとっているというわけだ。

(1)中国包囲網へ動くトランプ

北朝鮮を「非核化」「経済開放」へと動かしたトランプ大統領は、中国との「アジアの冷戦」に決着をつけようとしているように見える。

トランプ氏は、新たな枠組みで中国包囲網をつくろうとしている。 7月にはロシアのプーチン大統領と会談し、米露協調時代へと動き出した。

トランプ氏の対外政策については「アメリカが経済・軍事のリーダーシップから撤退し、世界の秩序を壊す」という見方が強いが、むしろ、「アメリカの国力を立て直し、再びアメリカ中心の世界秩序をつくり直そうとしている」と理解したほうがいい。

トランプ氏を支えるポンペオ国務長官は、貿易や安全保障のルールが過去ではなく「2018年以降においてアメリカの力をいかに強めるか」という観点でトランプ氏は判断していると述べている。

新サミットをつくる?

その意味でトランプ氏は、国連やサミット(G7、主要国首脳会議)という枠組みにもこだわっていないだろう。国連は戦勝国の米英ソ中が中心の戦後秩序をつくるためのもので、米ソ冷戦開始時に機能不全となった。サミットは1973年の石油ショックへの対応を話し合うために始まり、80年代にはソ連の共産主義に対抗する西側陣営の"作戦会議"の場となった。

アメリカが対中国で「新しいサミット」をつくるならば、アメリカ、日本、ロシア、オーストラリア、インドなどが軸となる。台湾を加えればメッセージがよりクリアになる。

中国が推し進める「一帯一路」は、豪州、マレーシア、シンガポール、インドなど、かつてのイギリス領が多くある。日本の視点から見れば、「日英同盟」を復活させる形で防衛協力を強化すべきだろう。

対中国のココムに日本も

トランプ氏が仕掛ける対中国の「貿易戦争」は、レーガン大統領による経済・軍事面の対ソ包囲網と本質的に同じものだ。

トランプ政権は7月、中国のハイテク製品などに対して制裁関税をかけ、これに中国も報復。「トランプ政権の保護貿易政策が世界経済を破壊する」と批判を浴びている。

ただ、一連の応酬を通じてトランプ氏の狙いが明らかになってきた。トランプ氏は中国に技術的優位に立たせないことを目指し、米ソ冷戦時代に軍事移転できるハイテク技術の対ソ輸出を阻止したココム(対共産圏輸出統制委員会)と同じ「禁輸体制」を敷こうとしているのだ。

貿易戦争の司令塔、ピーター・ナヴァロ通商政策局長は、「トランプ政権の制裁関税は、中国の経済的侵略に対する防衛だ」と指摘し、AIやロボット産業などでの優位を目指す中国の産業政策「中国製造2025」を狙い撃ちにしている(52ページ参照)。

制裁関税に続き、中国に進出した米企業の対中技術移転の阻止、中国企業の対米投資の抑制なども導入しようとしている。

日本は冷戦時代と同様に、「対中国のココム」に"参戦"するしかないだろう。

また、トランプ氏は7月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、「防衛費を国内総生産(GDP)の4%にまで増やすべきだ」と主張した。アメリカが約3.6%なのに対し、ドイツが1.2%と"格差"が大きい。GDP比1%の防衛費の日本がトランプ氏の"圧力"を免れられることはない。他国から言われる前に、防衛費の2倍増、3倍増を目指すべきだろう。

(2)日本から仏教を"輸出"

宗教の力という点では、北朝鮮は日本統治時代からキリスト教伝道が盛んな土地で、平壌は「東洋のエルサレム」と呼ばれた。今でも地下教会の信者は多い。 北朝鮮がアメリカ寄りの国になるなら、"キリスト教国化"し、東欧革命からソ連崩壊の流れが"再現"されるかもしれない。

一方、中国では今、競争社会のストレスや不安、焦りからビジネスマンの間に仏教ブームが起きている。「すべての人間は仏の子で、仏は平等に慈悲を注いでいる」という教えは、弱肉強食的な中国社会にこそ求められている。

中国では1960~70年代の文化大革命で寺院が破壊されたため、共産党政府として仏教寺院の再建にも取り組んでいる。習近平・中国国家主席は宗教を徹底管理しつつも、社会の安定に仏教を利用している状態だ。日本の仏教を学びに来る中国人僧侶もいるという。

かつてポーランド国民が「われらに神を!」と叫んだように、「神仏を求める心」を抑えつけることはできない。 日本が現代的な仏教の教えを"輸出"する環境は整っており、中国が再び「仏教大国」となる可能性がある。

(3)「習独裁」は長くない

今は習近平氏の「終身独裁」体制が言論の自由を抑圧している状態だが、それがどこまで続くかは分からない。

ソ連のゴルバチョフは85年、3人の党書記長の死を受けて彗星のように登場した。その後のソ連崩壊までわずか6年。紀元前3世紀の秦の始皇帝の独裁体制がわずか10年余りで打倒されたようなことは十分起こり得る。

今は鳴りを潜めている改革者が中国内から出て来て、香港の民主派やチベット、ウイグル、内モンゴルの独立派が呼応し、「一党独裁の放棄」へと動く時機がくる。かつて辛亥革命(1911年)の指導者・孫文を助けたように、日本が次の中国の国家モデルを提案しつつ、支援する準備が今から要る。

ソ連と同様、「富の力」と「神と自由を求める人々の心」が中国の共産党体制を葬り去るだろう。 トランプ氏の外交・安全保障政策は「自分ファースト」と見えながらも、全体をつなぎ合わせて見ると、世界新秩序づくりへと向かっている。170年におよぶ共産主義の文明実験を終わらせ、これから数百年の「自由・民主・信仰」をもとにした新しい繁栄の時代を開くビジョンを固めたい。

(綾織次郎)

写真:AP/アフロ

トランプは東欧革命から

ソ連崩壊の"再現"をねらう?

米ソ冷戦終結の流れ

(1)アメリカの対ソ包囲網

  • 米英日などの連携
  • 軍拡競争による経済戦争

(2)ポーランドなどの東欧革命

  • ローマ法王とレーガンの圧力

(3)ゴルバチョフの改革

  • 言論の自由を認め、ソ連崩壊

アジアの冷戦終結へ?

(1)アメリカの対中包囲網

  • 米日露などによる新しいサミット?
  • 「貿易戦争」で技術を渡さない

(2)東欧革命の"再現"

  • 北朝鮮がキリスト教国化
  • 中国が再び仏教大国に

(3)中国国内から改革者?

  • 言論の自由を認めざるを得なくなる

写真:TASS/アフロ 代表撮影/AP/アフロ AP/アフロ

タグ: 中国  2018年9月号記事  中国包囲網  トランプ  言論の自由  ソ連崩壊  習近平  外交政策  ココム  法王  世界新秩序  アジアの冷戦  ヨハネ・パウロ二世 

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