2024年1月号記事

真理の舞台になった歴史

幸福の科学学園で歴史を教える桜沢正顕教諭が、大川隆法・幸福の科学総裁が法話や霊言で言及した象徴的な歴史的事象について解説します。

第26回

日本の再軍備を拒否した「吉田ドクトリン」

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桜沢 正顕

幸福の科学学園中学高校 募集広報主任 社会科主任 チアダンス部顧問

終戦直後の日本で7年以上にわたり首相を務めた吉田茂は今なお広く尊敬され、自民党の"源流"とも言える存在です。しかし同氏の「吉田ドクトリン」こそ、日本が直面する危機の本質となっています(*1)。

敗戦後、ポツダム宣言に基づく占領統治下にあった日本は1946年、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の作成した憲法草案を受け入れ、47年に「日本国憲法」が施行されます。同9条2項の規定により「戦力不保持」と「交戦権の否認」が定められ、日本は自分の国を守れない状態になりました。

では、牙を抜かれた日本に、立ち上がる機会はなかったのでしょうか。実は絶好のチャンスが、憲法施行後まもなく訪れていたのです。

(*1)大川隆法著『国家繁栄の条件』(幸福の科学出版)