5月18・19日、中国は「G7広島サミット」(19日~21日)に対抗して、中央アジア5カ国とのサミットを西安で開催した。習近平主席は「台湾侵攻」を見越して、仮に、北京が危うくなった場合、西安を「戦時(臨時)首都」にするつもりなのだろうか(*1)。
しかし、この「中国―中央アジアサミット」が、どうやらロシアのプーチン大統領の不興を買ったらしい。ロシアがウクライナと戦争の最中、中国が旧ソ連の一部だった中央アジア5カ国と親密な関係を築こうとしたからではないか。
中ロ会談当日に「中国への情報リーク」で科学者が逮捕
さて、5月23日、ロシアのミシュスチン首相が訪中した。軍事をはじめ、さまざまな分野で中ロの関係を深化させるためである。
同日、上海で開かれた「中ロビジネスフォーラム」で、ミシュスチン首相は今年の両国間の貿易額が2000億米ドルを超えると予想した(*2)。昨年の両国の貿易額は1902億米ドルで、前年より29.3%も増えた。今年1~4月の貿易額はすでに731億米ドルで、昨年同期より41.3%急増している。
翌24日、習近平主席とミシュスチン首相が会談した。その際、習主席がロシアの「核心的利益」を断固として支持すると表明している(ただ、モスクワの「核心的利益」とは具体的に何か不明である。おそらく、目下、ロシアが支配しているクリミア半島とウクライナ東部の領土を指すのではないか)(*3)。
ところが、当日、ロイター通信は、ロシアの極超音速科学者が、中国へ機密を漏らした罪で起訴されたと報道した(*4)。
一方、同日、モスクワはシベリアの極超音速技術を研究している「Institute of Theoretical and Applied Mechanics」(ITAM)のシプリュク(Shiplyuk)所長と共に2人を反逆罪で逮捕したと公表している(*5)。
シベリアにはロシアの誇る「クリスチャノビッチ理論・応用力学研究所」が存在する。そのシプリュク所長が、2017年に中国で開かれた科学会議で、中国共産党へ機密資料を渡した疑いで告発された。
スパイ摘発は中国への警告か?
無論、「習近平―ミシュスチン会談」とスパイ摘発の発表が同じ日になったのは、まったくの"偶然"ということもあり得る。だが、このタイミングでのロシア人スパイ逮捕の暴露は、プーチン大統領による習主席への"警告"だと考えられないだろうか。
逮捕の発表は、必ずしも24日でなく、日にちをずらして25日か26日でも構わなかったはずである。これは全面的に北京をターゲットにしている証左ではないか。
実は、極超音速ミサイルは、音速の10倍までの速度でペイロード(積載物)を運ぶことができ、防空システムを貫通する最新兵器である。
けれども、最近、ロシアの極超音速ミサイルがウクライナの戦場で使用されたが、それが失敗したという。モスクワとしては、その失敗理由として、北京への技術情報リークに起因すると考えているのではないか。あくまでも仮説だが、ロシア科学者が中国共産党へ情報を流したため、それが欧米(あるいは、ウクライナ)まで情報が流出したのかもしれない。
他方、昨年7月、レーザー専門家のドミトリー・コルカー(ITAM所属)がやはり北京に情報をリークしたとして「国家反逆罪」で逮捕、起訴された。コルカーは、膵臓癌という重病を抱えているにもかかわらず、4時間かけてモスクワへ移送された。だが、逮捕から2日後に死亡している。
シップリュクと彼のITAMの同僚であるアナトリー・マスロフ(Anatoly Maslov)とヴァレリー・ズベギンツェフ(Valery Zvegintsev)の3人は、極秘に審理が行われると伝えられている。
なお、今年4月、ロシア議会は、国家反逆罪の最高刑を懲役20年から終身刑に引き上げることを決議した。
「極超音速技術」の追い上げを急ぐ中国
ところで、米ランド・コーポレーションの上級航空宇宙エンジニア、ジョージ・ナクズは、中国共産党はここ数年、極超音速技術で米国・ロシアに「追いつけ追い越せ」を目指してきたと述べている(*6)。
ただ、ナクズは逮捕された3人のロシア人に関して、彼らは極超音速ミサイルの製造に必要な作業(センサー、ナビゲーションシステム、推進装置の統合を含む)の一要素にしか関与していないと強調した。そして、極超音速ミサイルの開発は、「長い道のりだ。基礎研究だけでは、ミサイルはできない」とも語っている。
(*1) 5月18日付「万維ビデオ」
(*2) 5月26日付「ハンギョレ新聞」
(*3) 5月24日付「DW」
(*4) 5月24日付「ロイター通信」
(*5) 5月24日付「万維ビデオ」
(*6) 5月24日付「rfi」
アジア太平洋交流学会会長・目白大学大学院講師
澁谷 司
(しぶや・つかさ)1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。関東学院大学、亜細亜大学、青山学院大学、東京外国語大学などで非常勤講師を歴任。2004年夏~05年夏にかけて台湾の明道管理学院(現・明道大学)で教鞭をとる。11年4月~14年3月まで拓殖大学海外事情研究所附属華僑研究センター長。20年3月まで、拓殖大学海外事情研究所教授。著書に『人が死滅する中国汚染大陸 超複合汚染の恐怖』(経済界)、『2017年から始まる! 「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)など。
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