《本記事のポイント》

  • ウクライナ兵の"傭兵化"は非道徳的
  • 20世紀は「敵の悪魔化」が行われ始めた
  • ケナンやリンカーンの賢慮に学ぶべき

ロシア・ウクライナ紛争が始まって一年が経過。この節目に、バイデン米大統領がウクライナを電撃訪問し、追加で5億ドルの武器支援を表明した。

1月のギャラップ社の調査によると、民主党支持者の約8割が「ウクライナに支援を続けるべきだ」と考えているので、民主党層向けのためのパフォーマンスとも言えるだろう。

だがこの1年間でウクライナ・ロシアの双方の間に血は流れ、ウクライナ人の死者は15万人にも上る。

ロシア政府にとって、ウクライナからNATO軍の戦闘力を排除するのは、譲れない一線(レッドライン)である。一方、バイデン政権にとって、ウクライナにおける「ロシア軍の勝利」を認めることは、国内政治的に敗北を意味する。バイデン氏が支持基盤を維持するには、ウクライナを勝たせるために戦果を挙げなければならない状況にあるのだ。

介入主義者はどう政権転覆を狙っているのか

では、バイデン政権およびNATOはどうすればよいのか。

オバマ政権時代の2011年から14年のマイダン革命まで駐露大使をつとめたマイケル・マクフォール博士は、1月末、フォーリン・アフェアーズ誌に、「How to Get a Break Trough in Ukraine The Case Against Incrementalism」と題し、ウクライナ戦争で一気に勝利をもたらすための戦略を披露した。

主たる主張は、「逐次的な武器支援では、ブレイクスルーをもたらせない。武器支援や経済制裁をより大胆に行うことで、ウクライナに決定的な勝利をもたらすべきだ」というものだ。

そのために「射程300キロの中距離ミサイルのATACMSを3月に、無人攻撃機のリーパーを6月に、F-16戦闘機を9月に送るという逐次的なやり方ではなく、いっぺんに送る」。これにより「西側が一丸となってウクライナが占領された領土を取り戻す意思を持っていることを示せる」という。

そんなことをすれば戦争をエスカレートさせ、核戦争を招くことになりかねない。しかしマクフォール氏は、「戦場での目的にそぐわないから、戦略核でウクライナを攻撃する可能性は低い。むしろウクライナ人は奮起してロシアと戦う。中国を含めた世界が反対に回り、そこにはロシア人将校も含まれるようになるだろう」と述べて、核使用の可能性を低く見積もっている。

マクフォール氏の論文は、メディア戦略で内部からロシアを崩壊させ、プーチン大統領の失脚をも狙うもので、体制転換をも視野に入れた戦略となっている。

核による反撃を甘く見積もりすぎである

典型的な介入主義者の主張であるが、彼の論理にはいくつもの問題がある。

まずマクフォール氏は、300キロの中距離ミサイルであるATACMSのウクライナへの供与は、クリミアへの攻撃に好都合だとする。

このクリミア及びロシアの他の地域に攻撃を受けた場合について、メドベージェフ首相は2月4日、「迅速かつ極めて激しい反撃を行う。反撃には制限を設けず、脅威の性質に応じて、あらゆる兵器を使用する。ウクライナがクリミアを攻撃すれば、報復攻撃によってウクライナ全体が火の海になる」と述べている。

「あらゆる兵器」には「核」も含むと考えられ、この報復攻撃によって、核戦争にエスカレートする可能性も高いだろう。この意味でマクフォール氏は、ロシアの核使用の可能性を低く見積もり過ぎだと言える。

ウクライナ兵の"傭兵化"は非道徳的

マクフォール氏は、ウクライナ人は「核攻撃を受けても戦意を喪失せず戦う」とするが、そもそもウクライナ軍兵士は、命令不服従や脱走、逃亡、上官への暴力など、その質に問題を抱えている(ウクライナと連動する!? 北朝鮮の核の脅威から目を離してはならない(前編)【HSU河田成治氏寄稿】)。

またウクライナ兵が「ロシアとNATO軍」の代理戦争の事実上の"傭兵"と化してきていること自体も、非道徳的だと言えるだろう。

もともと実質GDPで比較すると、ウクライナとロシアの国力の差は約15倍である。戦争が始まり、1500万人のウクライナ人が国外に避難し、戦争に参加できる人数は、人口比でもロシアとの差が開いている。

戦力格差からロシアとの戦争でウクライナが勝利することなど不可能だったが、ゼレンスキー大統領の西側を味方にしてウクライナを支援させる戦略が奏功し、当初は西側とウクライナの利害は一致したかに見えた。

だが戦争の長期化によって、エネルギー価格高騰や西側の支援疲れで足並みも乱れつつある。戦争経済による景気回復を狙い、ウクライナ人をそのための手段として使うアメリカの一部の人々の悪質な意図も徐々にではあるが明らかになってきている。このような事態になると、ゼレンスキー大統領はどこまで予想していたのか。

20世紀は「敵の悪魔化」が行われ始めた

最後に指摘すべきは、戦争における「敵の悪魔化」の問題である。マクフォール氏は、プーチン氏を「悪魔」呼ばわりしてきた張本人である。

地域ごとに勢力圏が併存して存在するという考えが一定の常識として受け入れられていた19世紀までは、一神教国同士で敵を悪魔化し、敵に全面的服従を求めたり、全面勝利を目指したりすることはなかった。

敵を悪魔化し懲罰的な復讐をしたり、完全な弱体化を求めたりするといった戦略は、紛争を拡大し、旗印に掲げられていた「民主主義」を根づかせることにも成功してきたとは言えない。

例えばイラクでは、10万人の一般市民を殺害するという大量虐殺を伴う戦争を遂行した。その後、スンニ派を排除しシーア派を中心として政権運営を行ったため、スンニ派をも代表する民主的政府をつくることに失敗。米軍撤退後ISISが生まれる原因となって、中東全域の治安を悪化させたのである。

ケナンやリンカーンの賢慮に学ぶべき

「X論文」と呼ばれる長文の電報で「ソ連封じ込め」政策を提唱し、クリントン政権のNATO拡大政策を批判した元ソ連大使のジョージ・ケナンは、著書『アメリカ外交50年』で、全面勝利の概念をこう批判した。

「いずれにせよ、私は率直に述べるのだが、全面勝利という観念ほど、危険な妄想はないのであり、過去においてこれほど大きな害を及ぼしたものはなく、将来においてもこれほどさらに大きな害毒を及ぼす惧れのあるものはないと思うのである」

また著書『20世紀の終わりに』においても、ケナンは、以下のように述べて、民主主義の勝利という驕りを戒めている。

「われわれと似通った、政治的・社会的・経済的諸制度という意味で、ロシアが『デモクラシー』を実現するということは期待できない。そして、たとえロシア流の自治の形態が我々のそれと非常に異なっているとしても、このことは全体として、悪いことだと考えるべきではない。我々の多くが同感だと思うが、我々自身のモデルはそれほど完全ではない。そして、今日と同様に、今後も米露関係には良いときも、悪いときもあるだろう」

この言葉は、リンカーンが南北戦争中の1865年の就任演説で「全能の神には神ご自身の意図がおありです」と述べたその言葉に通じる叡智を含むものだ。

バイデン政権は、世界を「民主主義対専制主義」との2つの対立構造で捉え、アメリカ型民主主義を全世界の模範であると称している。

もとよりバイデン大統領がつくりだす政治体制は、トランプ支持者など保守系の声を圧殺して、民主党による支配を完成させるもので、民主主義というよりも全体主義的体制に近く、海外に輸出できるほど理想的な政治体制ではなくなってきている。

それにもかかわらずこのような論理で、敵の悪魔化をすれば、相手との交渉の余地をなくし、戦争をエスカレートさせていく。これが論理的で必然的な帰結である。

今必要なのは、「全能の神には神ご自身の意図がある」と述べたリンカーンの謙虚さであり、全能を装うのをやめて、相手の立場に立った外交を復活させることだ。

リンカーンやケナンの賢慮に学ぶべき時であろう。

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