《本記事のポイント》
- 蔡英文の求心力低下を狙った公民投票か
- 全事案について国民党"敗北"に終わった
- 国民党の内部混乱が激しくなるか
今年も台湾情勢から目が離せないが、それを左右する一つの大きな要因が台湾内における与野党の攻防である。
昨2021年12月中旬、今後の台湾内政を占う上で重要と言える公民投票が行われた。投票は4事案に関するもので、いずれも最大野党・国民党が提出している。与党・民進党は、これらすべてに反対していた。
蔡英文の求心力低下を狙った公民投票か
おそらく、国民党は民進党政権を揺さぶるため、公民投票を仕掛けたのではないだろうか。もし、事案が通過するようであれば、たちまち蔡英文総統の求心力は低下する。ひょっとして、中国共産党が国民党に公民投票を実施するよう扇動した可能性も捨て切れない。
中央選挙委員会の発表によれば、今回、有権者数は1982万5468人だった。そして事案成立には、有効投票数の4分の1以上(495万6367票)の賛成が必要となっている。ただ、たとえ4分の1という関門を突破しても、反対が賛成を上回れば否決される。
さて、4つの議案は次の通りである。
第1事案(黃士修提出)は、台湾北部にある第4原発稼働を求めた。
第2事案(林為洲・立法委員提出)は、肥育促進剤ラクトパミンが含まれる米国産豚肉の輸入禁止を求めた。だが、民進党側は、101カ国がラクトパミン入りの米国産豚肉を輸入しているので、安全性に問題がないと説明していた。
もしこの事案が通過すれば、台湾は米国産豚肉を輸入できず、米国との関係を悪化させるだろう。また、台湾はTPPへの加盟を申請しているので、申請に何らかの影響が出ないとも限らない。
第3の事案(江啟臣・立法委員提出)は、公民投票から半年以内に全国規模の選挙がある場合、公民投票と選挙の同日実施を求めている。
確かに、全国的選挙の際、公民投票も一緒に行えば効率は良い。しかし、選挙と公民投票を一度に投開票する場合、混乱が起きやすいというデメリットもある。この事案に関しては、テクニカルな問題なので、公民投票で民意を問うほどの問題なのかという疑問が残る。
第4の事案(潘忠政提出)は、中国石油第3液化天然ガス(LNG)基地(桃園藻類サンゴ礁海域)の建設に反対する内容だった。
同藻類サンゴ礁海域を守ることも大切だが、一方、台湾のどこかにLNG基地を設置することも必要だろう。
仮に、これらの事案が可決されれば、「公民投票法」(第30条)に基づき、関連法および自治規則が見直され、発表日(12月24日)から3日目で、元の関連法と自治規則が無効になる。
そして、行政院(内閣)・直轄市政府・県市政府が3カ月以内に関連法案・自治条例を作成する。それらを立法院や議会に送り、次期会期の休会前には、必ず審議を終えなければならない。
ただし、問題は「公民投票法」に政府および行政機関の"事案不履行"に関する規定がない。つまり、罰則がないので、政府や行政機関は、公民投票で示された民意に対する"事案不履行"も可能である。
全事案について国民党"敗北"に終わった
公民投票の直前、一部の世論調査では、事案に賛成する人が反対する人より上回っていた。そこで、もしかしたら、(全部ではないにせよ)一部事案が通過するのではないかと囁かれた。
結局、公民投票では、4事案すべてが否決されている。第1関門である495万6367票の賛成が得られなかった。同時に、反対が賛成を上回っている。
第1事案は、賛成が380万4755票、反対が426万2451票。
第2事案は、賛成が393万6554票、反対が413万1203票。
第3事案は、賛成が395万1882票、反対が412万0038票。
第4事案は、賛成が390万1171票、反対が416万3464票。
投票率は、第3事案の41.08%以外は41.09%だった。今回、選挙ではないので、かなり高い数字だと考えられよう(ちなみに、翌19日に行われた香港立法会選挙では、投票率が30.2%だった)。
今度の公民投票実施は国民党の政治的思惑が大きかったと思われる。しかし、投票率が伸び悩み、国民党による蔡英文政権への揺さぶりは不発に終わった。
国民党の内部混乱が激しくなるか
国民党の朱立倫主席は、今度の公民投票で敗北したので、今後、党内から突き上げが厳しくなるだろう。第2事案を提出した林為洲・国民党副秘書長は、事案が通過しなかったので、早速、責任を取って副秘書長を辞任している。
一方、蔡英文政権は、結果に安堵しているのではないか。もし、事案が1つでも通過すれば、蔡総統の求心力に陰りが生じるところだった。
それに、今回、僅差だったとはいえ、4議案で反対が賛成を上回ったという点は刮目すべきだろう。民進党政権に対する有権者の支持が得られたと考えられる。
今度の公民投票は、民進党にとってベストの結果に終わった。これで、2022年実施予定の統一地方選挙にはずみがついたのではないだろうか。他方、国民党は敗北の"戦犯"探しで党内がざわついている。これでは、同選挙に悪影響を及ぼす恐れがあるだろう。
アジア太平洋交流学会会長
澁谷 司