《本記事のポイント》
- 中国の核戦略は「最小限抑止(先行不使用)」から、「確証報復」と「先行使用」へと変わってきた
- 凍結(モラトリアム)を破って低出力核実験を行う中国の意図とは?
- 次々に迎撃困難な核ミサイルを開発する中国
トランプ米大統領は4月30日、「中国が初期対応を誤った結果、新型コロナウィルスが世界に拡散した」として、関税引き上げを検討することを示唆した。両者の対立は先鋭化している。その中で、さらなる火種となりそうなのが、中国の「低出力核」の問題だ。
米国務省は4月15日、世界の核拡散や軍備管理の状況に関する報告書を発表。中国が2019年を通じ、新疆ウイグル自治区ロプノル核実験場で核実験を行ってきたと指摘した。これに基づいて米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、「中国が通常の原爆より爆発力を抑えた低出力核の実験をしている可能性がある」と報じている。
中国は包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准国ではないが、爆発を伴う核実験の凍結(モラトリアム)を公約している。
米国務省の報告書によると、爆発を伴う実験が行われていないかどうかを監視する、中国国当局の放射線や振動の検知データの通信が、過去一年にわたり妨害されている。そのため、中国は公約を破って爆発を伴う核実験を続けているのではないかと、アメリカは疑念を深めているという。
これが本当だとすると、なぜ中国は公約を破ってまで、低出力核の実験に力を入れるのか。日本にとっての脅威は何か。HSUで安全保障学等を教える河田成治アソシエイト・プロフェッサーに話を聞いた。
(聞き手 長華子)
元航空自衛官
河田 成治
プロフィール
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
冷戦後は「使えない核」から「使える核」へ移行してきた
──米国務省の報告書に基づくと、中国は低出力核の開発に力を入れているようです。
河田(以下、河): 経緯を追ってお話ししましょう。
冷戦時代の核は、相手の核を抑止するための兵器でした。「撃ったら国が完全に破壊され尽くすほどの反撃をするぞ」というものです。これを「相互確証破壊」といいます。恐怖によって核を使えない状況に持ち込んだのが冷戦時代です。
しかし、状況は変わってきました。北朝鮮やパキスタンなども核を持ち始め、軍事力が劣勢にある国が核に頼るようになっていったのです。
例えば、ロシアはソ連崩壊後、西側の脅威に対して核で反撃するという戦略をとっています。すると核は「使えない兵器」から、「実際に使用される可能性の高い兵器」に変わってきました。
中国の核戦略は最小限抑止(先行不使用)から先行使用へ
河: 中国も同じです。当初は「先行不使用」、つまり「自分たちは最初に使いません」と宣言していました。持っている核の数が少ないので、先行使用を宣言すると、核攻撃を恐れる他国から、逆に先制攻撃で核戦力を潰されるかもしれないからです。
そこで「中国はもし核攻撃に遭ったら、一発でも核兵器を生き残らせて必ず撃ち返す」という「最小限抑止」の考えをとってきました。これが中国の核戦略の第一段階です。
しかし核兵器の能力向上とともに、中国はこの考えを止めたのではないかと言われています。
代わりに「確証報復」、つまり「複数の核ミサイルによる反撃を加えて、容認できないレベルの手痛い報復を必ずする」という戦略に変えたのではないかということです。第一撃に遭っても生き残る核が増えたので、自信を持つようになったのです。これが第二段階と言えます。
さらに第三段階として現在、核の「先行使用」にも踏み込む可能性が高まっています。以前は、長距離ミサイルで相互に睨み合い、相手の核を抑止するための核でしたが、現在は実際に使う兵器、つまり相手の空母を沈めたり基地を攻撃したりして、戦闘で勝利するための核へと変わってきているのではないかと考えられる節があるからです。
この時に威力を発揮するのが「低出力の核」です。極めて強力な核であれば、全面戦争にエスカレーションします。しかし、戦闘で勝利するために目標を正確に狙うのなら、低い出力の核で十分です。
それでもアフガニスタンで使用されたMOABの500倍の威力があります。
凍結宣言の公約破りをする中国
──中国はなぜスーパーコンピューター上での実験ではなく、爆発を伴う実験をしなければならないのでしょうか。
河: アメリカは大気圏内の核実験と地下核実験とを、合わせて約1000回行ってきました。ソ連は約700回以上で、中国は45回と公式に発表しています。
包括的核実験禁止条約(CTBT)がつくられた際、中国は自主的に核実験の凍結を宣言しました。しかしそれは90年代に行われた実験による基礎データが溜まっていたからです。データに基づいて、スーパーコンピューターでシミュレーションをすれば核実験の代わりになります。
しかし低出力核の実験となると、話は別です。もう少し実験で基礎データを蓄積しなければ、スーパーコンピューター上でシミュレーションすることは恐らく無理だと思われます。低出力核は今までの大きな核爆弾と違うので、やってみないとシミュレーションができないのでしょう。
地域紛争で低出力核が使用され「核戦争」になる可能性が高い
──日本にとっての脅威をどう考えるべきでしょうか。
河: 中国は2019年DF-17をお披露目しました。射程は最大で2500キロメートルです。青森県三沢の米軍基地まで射程に入ります。命中精度は10メートルと高く、ここに小型の核を搭載できるようになっています。
このDF-17は極超音速滑空ミサイルのため、ミサイル防衛が困難です。米軍もこれを迎撃する能力はないとしています。
さらに、中国の新型ICBMであるDF-41は射程距離約12,000キロメートルです。その弾道弾はマーブ(MIRV)と呼ばれ、複数の核弾頭を装備し、それぞれが違う目標を攻撃できます。DF-41には、弾頭が最大で10個入っています。10個の弾頭は別の方角に飛んで行けるので、このミサイルを同時に多数、発射されたら、アメリカのミサイル防衛システムでもすべてを撃ち落すのは極めて難しいのです。
イギリスの研究機関によると、DF-41を32基配備できたら、中国はアメリカの人口5万以上の都市をすべて破壊することが可能になるそうです。アメリカはDF-41に大変な脅威を感じています。
また、中国が南シナ海にアメリカ本土を狙える潜水艦発射弾道ミサイルJL-3を配備できれば、アメリカが核による脅しをかけることは極めて困難になります。要するに、一発どころか多数の核ミサイルで報復できるようになるからです。それは日本にとって「核の傘」がなくなることを意味します。
このような状況では、米軍が中国の地域戦争に介入しにくくなるため、かえって局地的戦争は起きやすくなります。この局地的な争いでも中国は核を使うことがあり得ますし、そこに米軍が介入できても、中国は低出力核で反撃する可能性も出てきたのです。中国の低出力核の開発は、米中間での核戦争を現実のものにしかねないと捉えるべきでしょう。
日本も中距離核戦力(INF)の配備などを進め、抑止力を強化すべきだと言えます。
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