中国の脅威がますます高まる中、元インド外務長官のカンワル・シバル氏にこれからの日印協力のあり方について聞いた。
(聞き手・片岡眞有子)
──あなたは、中国共産党の脅威に対し警鐘を鳴らし続けてきました。
カンワル・シバル氏(以下、シ): 東シナ海と南シナ海における中国の行いは国際法を侵害しています。岩礁を埋め立てて南シナ海に人工的な島をつくりだし、さらにそこに軍隊を配置するというのは、地域の平和と安全を脅かす行為です。仲裁裁判所は国連海洋法条約に基づき、そうした行為を国際法に反するとし判決を下しましたが、中国はこれを拒否しました。
中国は「2049年までにアメリカに代わって世界の覇権国家となる」など、いくつかの戦略文書の中で国際覇権への野心を明らかにしています。(こうした野心を果たすため)海軍をかつてないほどの規模で拡大させ、自国の海岸からはるか遠くまで力を及ばそうとしています。
また、中国による「一帯一路構想」はアジア大陸を支配するための手段です。
一帯一路を通して、ASEAN諸国を含むアジア諸国、特にラオスとカンボジアなどの国々を政治的に「親中」に変えているのです。これにより、ASEAN諸国の分裂が進んでいます。(ASEAN諸国が中国と)交渉を進めている、南シナ海での紛争防止に向けた「行動規範」が、中国の振る舞いを変えることはないでしょう。そうした行動規範を定めることによって、中国の誤った行動が抑制されるという保証はどこにもなく、むしろ(交渉したという事実によって)南シナ海における中国の行動を正当化することになるでしょう。
一帯一路は、海洋的に見てもインド洋の平和と安全を脅かすものです。中国は、ミャンマーとパキスタンを通してインド洋へのアクセスを得つつあり、中国の潜水艦がインド洋に出現し始めています。さらに、ジブチに続き、ミャンマーやスリランカといったインド洋に位置する国を軍民両用の拠点にしようと画策しており、今後パキスタンに海軍基地を建設することは確実でしょう。
中国は、政治システムを開放するどころか、習近平国家主席の下でさらに独裁主義を強め、より中央集権型になっています。習氏は事実上の終身制を宣言し、企業を含む中国のあらゆる組織でも中国共産党幹部の存在感がますます大きくなっています。加えて、中国内の国家主義的感情は、共産党のバックアップによって、対外的に危険な結果を生み出しそうなほど高まっています。
──インドの隣国であるパキスタンが、中国を護る障壁のようになっています。また、反中に傾きつつあったスリランカやネパールも、結局は親中に戻ってしまいました。中国がインドを囲い込もうとしているようにも見えますが、いかがお考えでしょうか。
シ: 中国は、世界中に「経済的属国」をつくっていますが、事実上の同盟関係となっているパキスタンを除き、友達はいません。中国は、パキスタンをはじめ実質的に破産している国々に500億ドルを超える投資をしていますが、これは中国にとってパキスタンがいかに地政学上重要であるかを証明していると言えます。
中国は核兵器とミサイル技術の提供に加え、インドを狙うテロリストたちを支援することでパキスタンを支援しています。これはつまり、インドを囲い込むため、戦略的にパキスタンを利用しているということです。パキスタンから見ても、中国が最大の安全保障パートナーとなっています。
ここ最近、中国はカシミール問題について国連でパキスタン支援を明らかにしていますが、これはインドにとって由々しき挑発行為です。中国は、南アジアにおけるインドのプレゼンスをできる限り引き下げたいのです。そのため、海洋戦略の一環として、スリランカでの港湾建設やモルディブへの影響力拡大などを通して、インドの安全保障に対する戦略的脅威をつくり上げているのです。(インドの隣国である)ネパールに関しても、中国はチベットを拠点にして影響力を高めています。今やバングラデシュにとってさえ、中国は最大の安全保障パートナーとなっています。
中国は、インドの隣国に進出することで明確にインドを囲い込もうとしています。特に、パキスタン特有のインドへの敵対心を利用して、その目的を達成しようとしているのです。
──アメリカが南シナ海における影響力を強めたことを受け、インドの軍事戦略に何かしらの変化はありましたか。
シ: インドは、「アジア太平洋およびインド洋地域における共同戦略ビジョン」の文書にアメリカと合意し、物流アクセスと相互運用性に関する二つの基本的な合意も結びました。米印二国間の海上合同軍事演習「マラバル演習(the Malabar Exercise)」に日本が加わったことで、三カ国による軍事演習になり、これらの三カ国はすでに日本海で海上軍事演習を行っています。
「アクト・イースト政策(Act East Policy)」の一環として、インドは日本とASEAN諸国とのつながりを強化し続けています。シンガポールとの防衛協力も顕著で、インドネシアとのつながりも強まっています。日本とは、防衛における特別の権利を付与するいくつかの文書にサインし、海洋安全保障の一環として海洋状況把握協定を締結。物流アクセスについての合意を交渉しているところです。
アメリカが太平洋軍をインド太平洋軍と改名するなど、「インド太平洋」というコンセプトが強固な地盤を得ています。今やアメリカ、インド、日本、そしてオーストラリアの四カ国の意見は政治的に一致しています。
加えてインドは、フランスとも「物流アクセス協定」と「インド洋における共同戦略ビジョン」の文書に合意しました。太平洋に位置するフランスも、インド太平洋というコンセプトをサポートしています。
──インドは「非同盟主義」を掲げていますが、日本と同盟を結ぶ可能性はありますか。
シ: インドはもはや非同盟主義を奉じていません。冷戦が終わり、そうした政策をとる根拠がなくなったからです。今では、それぞれの課題に応じて志を同じくする国々と同盟を結ぶ「多同盟政策」をとっています。アメリカやフランスなどの欧米諸国とのつながりを強化すると同時に、ロシアとも親しい関係を維持しており、BRICKSや上海協力機構(SCO)にも所属。それとは別に、ロシア、インド、中国の三カ国フォーラムも継続しています。
インドの国益は多面的で、どれか一つの国と防衛同盟を結ぶということでは守ることができないため、戦略的独立を維持しているのです。
インドは、日本を含み、志を同じくするパートナーと防衛上の連携を深める準備ができています。実際の問題として、インド、日本、そしてアメリカは、首脳レベルで交流をしており、インドと日本に至っては首脳会談を毎年行っています。また、日印間では外務・防衛閣僚会合(「2+2」会合)も行われています。インドがこのレベルの会談を行うのは、日本の他にアメリカのみです。オーストラリアとは、高官レベルの交流です。
日米は防衛同盟を結んでおり、日本の安全はアメリカに保障されています。しかしインドは、最高度の防衛となり得る核兵器を保有しているため、そうした同盟を必要としていないのです。
我々が促進すべきは、日印間のより強固な防衛協力です。ただそのためには、他国との防衛協力における日本の積極的な役割を制限している、日本の現行憲法を改正する必要があるでしょう。
──アジアの平和において、中露の切り離しが非常に重要です。ロシアを民主主義陣営に引き込むため、インドは具体的な戦略を掲げていますか。
シ: アメリカとヨーロッパ諸国によるロシアへの厳しい制裁は、ロシアを中国の手の内に押し込む結果となりました。
アメリカの国内政治においてロシアとの関係が重要なファクターとなった結果、アメリカの対ロ政策が現実離れしたイデオロギー的なものになってしまったのです。そんなアメリカも、いよいよ中国を戦略敵国として扱い始めています。欧米諸国が中露を等しい敵国として扱うことで、中露の枢軸を強化させてしまうのはナンセンスです。
まさに、ニクソン大統領時代のアメリカがロシアに対抗するために中国に手を伸ばしたように、今こそ、その逆をすべきです。ロシアを中国から引き離さねばなりません。フランスのようなヨーロッパの主要国はそうしたいと思っているのですが、東欧諸国やバルト三国が行く手を阻んでいます。
インドは、アメリカとのつながりを強化しながらも、ロシアを逃さないようにしています。ロシアと防衛協定を結んだ第三国に制裁を科すという、アメリカの「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」を拒否し、ロシアから超長距離地対空ミサイルシステム「S-400」の購入を進めています。ロシアを優先的パートナーとして扱い、エネルギーおよび貿易における連携を強化しようと模索しているのです。
──国防におけるサイバーセキュリティの重要性が高まっています。中国製の機器にバックドアが組み込まれ、個人情報が抜かれていることが明らかになり、アメリカや日本は5Gネットワークから中国通信機器大手のファーウェイを排除するよう動いています。インド政府も同様の脅威を感じていると思いますが、いかがでしょうか。
シ: 政府は未だこの件について国家政策を講じていませんが、インドの治安当局は、自国の5Gネットワークにファーウェイを参入させることに対して反対しています。
5G発展のため、日印はアメリカと協力して技術や人材、財源を共同出資するべきです。
インドには優秀なIT人材がいます。アメリカのシリコンバレーには、5G技術を急速発展させるだけの力があります。日本には技術も財政的基盤もあります。すでに、これら三国の間で1.5トラック(半官半民)の対話が行われていますが、サイバーセキュリティに関しては、それぞれ二国間でされている現状です。サイバーセキュリティについても、三カ国で進めていくべきだと考えます。
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