《本記事のポイント》

  • 通貨スワップ協定再開が意味するもの
  • 各国のサプライチェーンの組み換えを急ぐアメリカ、止める日本
  • 日本は安全保障をすべてに優先する国への転換を

麻生太郎副総理兼財務相は、8月31日に中国の北京で開かれた「日中財務対話」に出席した。

前日の30日、麻生氏は中国共産党序列7位の韓正副首相、対米通商交渉を担当する劉鶴副首相と対談し、日中双方はトランプ政権を念頭に、「保護主義的で内向きな政策は、どの国の利益にもならない」との認識で一致。

劉氏は「一国主義、貿易保護主義が世界の発展や人民の発展を妨げるため、双方がともに自由貿易と多国間通商制度ルールを堅持すべきだ」と述べた。

麻生氏の訪中の目的は、10月に行われるとされる安倍晋三首相の中国訪問に向けての下準備。メインの「手土産」になると予測されるのは、「通貨スワップ協定の早期再開」である。今年5月の日中首脳会談においても、同協定の早期再開で合意した。

通貨スワップとは?

日中間のスワップ協定は、尖閣諸島問題を契機に、2013年以来停止されている。

通貨スワップ(交換)とは、自国の通貨が危機に陥った際、中央銀行同士でお金を融通し合うというもの。

アメリカやイギリス、カナダ、EU、日本、スイスは、無期限で限度額なしの通貨スワップ協定を結んでいる。このため、締結国は通貨危機にはならない。

だが中国は、通貨スワップを締結していないため、「通貨クラッシュ」が起きる可能性がある。現在、共産党幹部による資産の海外逃避が絶えないため、元安傾向が続いている。中国政府は、3.1兆ドル(約340兆円)あると言われている外貨(ドル)で、その状態を買い支えている状況にある。

しかも、共産党がコントロールしているかに見える外貨であっても、外貨準備の約3分の1にあたる1兆ドル(約110兆円)は、中国人民解放軍が管轄している。そのお金は、人民解放軍の「近代海軍の父」とされる劉華清氏の子女が仕切っているため、共産党が直接使えず、統制がとれているわけではないという(8月26日付産経新聞の田村秀男氏コラムより)。

これに対し、米財務省はこれまでの為替報告書で、「中国は為替レートを人為的に操作している」と指摘。元安は、輸出を促す補助金の役割を果たすため、ムニューチン財務長官も7月に、「(中国が)為替を操作していないか注視している」と発言し、言外に「元安は許さない」とのメッセージを送っている。

トランプ政権は長期的には強いドル(ドル高)を目指しているが、短期的なスタンスをはっきりさせていない。その理由は、中国に外貨準備のドルを使い切らせる必要があるためだ。

中国はドル資産を元手に元を発行し、「一帯一路」や企業買収などの原資に充てて、軍の近代化を進めてきた。アメリカは、この軍資金の流れを断つために、中国に対して金融面で戦争を仕掛けているのである。

こうした中で、日中が通貨スワップ協定を再開すれば、日本が中国を背後から助けることになり、同盟国のアメリカを激怒させるのは間違いない。

また、もし通貨クラッシュが起きれば、中国の体制崩壊や民主化の実現もあり得る。中国の民主化はもとより日本の悲願であり、日本は通貨スワップ協定を決して結ぶべきではない。

「東西の市場の分離」を促進させるのが日本の役割

日本政府が対中関係の改善を重視するのは、自国企業の対中ビジネスを円滑に進める環境を確保するためだという。

だがこの点も、日本政府はトランプ政権の意向を見誤っている。

トランプ大統領が仕掛ける貿易戦争は、単なる貿易赤字の削減ではないし、ましてや中国市場への参入の推進でもない。最終的には、冷戦時代のような「東西の市場の分離」によって、各国のサプライチェーンを組み換え、中国を経済的に封じ込めることを狙っている。

8月23日付米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、米テクノロジー企業の執行部の声をこう紹介した。

「我々の企業が、工場を移転するかどうかは、貿易戦争がいつまで続くかにかかっています。11月までに終わらず、25%の関税が1年続くとすれば、関税を回避するために、中国から工場を移転することが合理的です」

トランプ政権は、貿易戦争が長期化すれば、中国から移転する企業が増えるのを見越して、貿易戦争を仕掛けているとも言える。

反中に転じた米議会から日本企業が標的になる?!

それだけではない。現在のアメリカは、トランプ政権だけでなく、議会も含めて「反中」に転じている。

象徴的な例は、対米外国投資委員会(CFIUS)の審査を厳格化する「外国投資リスク近代化法」を、議会主導で成立させたことだ。これによって、委員会が安全保障上の脅威と判断すれば、大統領に提言し、少額出資やインフラ整備、不動産への投資、投資ファンドの対米投資も制限できるようになった。

それは、日本企業も標的になる恐れがある。例えば、ソフトバンクが中国IT企業のファーウェイと提携関係にある点を疑問視し、ソフトバンクの子会社である米携帯電話スプリントとTモバイルの合併について、議会がCFIUSに調査するよう要請している。

また日立製作所は、中国で建設機械やエレベーターを中心に技術移転をしてきた。アメリカの安全保障を脅かす中国の科学技術の発展に寄与する企業だと見なされれば、アメリカでの事業にも影響が出かねない。

本来、日本がすべきことは、サプライチェーンの組み換えに協力し、2~3世代前の半導体しか作れない中国に対して、台湾企業と協力して、半導体の輸出を控えるなどの連携を取ることだ。

「日本企業の対中ビジネス環境を確保する」という日本政府の動きは、トランプ氏の意向とは、真っ向からぶつかる政策であり、日本の国益にかなうやり方ではない。

アメリカで、中国の脅威が超党派の議員で共有されている現状を考えると、そうしたサプライチェーンの組み換えは、トランプ政権後も続く問題となるのは確かだ。日本政府は、中国の民主化後に、中国市場に企業の進出を加速させる政策を考えるべきであろう。

日本も「安全保障」をすべてに優先させる国家に転換を

日立のように、多くの日本企業も、中国市場に参入するのと引き換えに、技術移転を半ば強要された過去があり、決して他人事ではないはずである。それが中国の軍民融合の技術につながり、日本への軍事的脅威になるのなら、なおさらのことである。

アメリカの議員にあって、日本の議員にないものは、「国家の安全保障がすべてに優先する」という意識である。日本はそれが欠落し、商売の論理を先行させている。だが、安全保障をアメリカに依存させておきながら、「中国で儲けよう」という商売の論理が成立すると考えるのは、人間として卑怯であろう。

政治思想家のマキャベリはかつてこう言った。

「大事なことは、中立を選んではならず、自分より強力な者と手を組むことである」

安倍首相は選択を間違えてはならない。

(長華子)

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