辺野古反対、逆に戦争招く 今知りたい「日英同盟」の反省

辺野古反対、逆に戦争招く 今知りたい「日英同盟」の反省

日英同盟批准書署名原本(Wikipediaより)

 

《本記事のポイント》

  • 日英同盟破棄が日本を大戦に追い込んだ
  • 同盟破棄の背景に日本の冷たい態度!?
  • 同盟破棄は「大英帝国の没落」にもつながった!?

 

安倍晋三首相は28日、施政方針演説において「我が国の外交・安全保障の基軸は、日米同盟です」と念押しし、「辺野古移設」を進めていく意志を改めて表明しました。

 

「辺野古」を機縁に、日米同盟に亀裂が入る可能性が出てきているからでしょう。沖縄県では2月、米軍基地の移設の賛否を問う県民投票が予定されています。その結果によっては基地問題がさらにこじれ、アメリカをうんざりさせる可能性があります。

 

日本人は、基地問題を感情的に論じる前に、もう一度、同盟の重要性を考える必要があります。そのヒントになるのが、日英同盟です。

 

 

日露戦勝は日英同盟のおかげ

奇しくも1月30日は、日英同盟が締結されてからちょうど117年になる日です。

 

この日英同盟は、日本にとっては名誉なことでした。相手は、非同盟政策を行っていた「栄光ある孤立」のイギリスです。その国が、極東の有色人種の島国と同盟を結んだのです。

 

しかもこの同盟は、計り知れない恩恵を日本に与えました。

 

日露戦争の際に、日英同盟が絶大な効力を発揮したのです。イギリスは、ロシアと戦端を開くことまではできませんが、陰となり日向となり、日本を支えてくれました。

 

当時のロンドンは世界の情報の中心でした。イギリス政府は惜しみなく情報を日本に与えてくれました。公債の発行やバルチック艦隊への対応などにも協力してくれ、それが結果的に日本の勝利へとつながっていったのです。

 

 

同盟破棄が大戦につながった

この「日英同盟を廃棄したことが日米戦争につながった」という意見があります。故・渡部昇一先生などによって提唱された意見です。

 

戦前、極東への新規参入者であるアメリカは、目障りな存在である日本を排除する必要がありました。そのために邪魔になるのが日英同盟です。日本は、大英帝国の極東の経営のパートナーだったのです。

 

そんな中、1921年に開かれたワシントン会議では、米・英・仏・日によって「四カ国条約」が締結されました。太平洋における各国領土の権益を保障した条約で、これによって日英同盟は発展的に廃棄されました。

 

しかし、二国間の条約に比べて、多国間の平和条約など、絵に描いた餅になることがほとんどです。実質的な効力はなく、日英同盟の代わりにはとうていなりません。

 

日本は世界のナンバーワン国だった英国との手切れを余儀なくされ、この後、孤立状態に向かい、アメリカとの大戦に突入していくことになります。

 

 

同盟国に冷たかった戦前日本

日英同盟が破棄されてしまったのは、日本の同盟国に対する姿勢もひとつの要因だった可能性があります。

 

日本は日露戦争に勝利した後、欧州で起きた第一次大戦に、日英同盟の規定によって参戦します。

 

ドイツに宣戦布告した日本は、青島などの山東半島と、内南洋といわれるパラオなど、極東・太平洋地域のドイツ権益を攻撃、占領しました。言葉は悪いですが、欧州の戦雲のドサクサにまぎれて、火事場泥棒的に領土を拡大したことが、日本にとっての戦果だったのです。

 

この第一次世界大戦時、ドイツ大海艦隊との決戦を前にした英国海軍から、日本の帝国海軍に新鋭巡洋戦艦の派遣要請があった事実は、あまり知られていません。

 

派遣要請されたのは、「金剛」「榛名」「比叡」「霧島」の四隻。イギリスのビッカース社で設計された、当時としては最強・最速・最新の巡洋戦艦でした。「金剛」のみが英国で建造され、「榛名」以下の三隻は日本の各造船所で建造されています。

 

しかし、当時の日本はまだまだ豊かな国とはいえない状態でした。この世界最強の巡洋戦艦も、イメージで言えば、国民が飲まず食わずで建造した、貧乏人の一張羅的な存在であったのです。

 

それゆえ、その大事な宝物である巡洋戦艦は、欧州の大戦に派遣されることはなく、第一次大戦の終了を迎えたのでした。

 

 

もし日本が艦隊派遣していれば……

さて、ここからが「歴史のif」の話です。もしこの四隻が欧州に派遣され、英独の艦隊決戦「ジットランド沖海戦」に参加していたらどうなっていたでしょうか。

 

戦争で、共に戦った仲というのは、格別の存在です。個人においても「戦友」が永遠の存在であるように、英国は日英同盟を廃棄しなかったのではないでしょうか。

 

日英同盟が健在のままであれば、その後の日米開戦もなかったということになります。そうなれば、日本はアジアで平和裏にイニシアチブを取ることができ、中国共産党による虐殺の悲劇も、北朝鮮の地獄も、存在しないで済んだ可能性があると、夢想してしまうのです。

 

しかし大東亜戦争の戦端が開かれる前に、日本は既に米国の「日英離間」という政略に敗れ、同盟を廃棄していたのです。

 

そして同盟を破棄して丸裸になった日本は、自己の行動の不明にもよりますが、アメリカによって孤立させられ、一か八かの大勝負へと引き込まれていきます。

 

このことは、現代の日本人も教訓とするべきでしょう。「アメリカの戦争に積極的に参加しろ」というわけではありませんが、日米同盟をないがしろにすれば、悲惨な戦争を呼び込んでしまう可能性があるのです。

 

 

「日英同盟の廃棄」で大英帝国は没落した!?

ちなみに、日本駐在の外国人特派員として有名なヘンリー・S・ストークス氏によれば、日英同盟に関して、駐日英国人の間では面白い統一見解があるそうです。

 

それは「日英同盟の廃棄が大英帝国の没落につながった」「日英同盟が堅持されていれば、日本との戦争もなく、大英帝国が植民地を失うこともなかった」というものです。

 

いったいどういうことでしょうか。

 

大東亜戦争で日本によって占領された大英帝国の植民地はたくさんあります。シンガポール、マレー、香港、ボルネオの一部、ビルマ、そしてインドの一部。これらの地に君臨してきた絶対的な存在である白人の軍隊が、あっさり有色人種の日本軍に敗北したことは驚天動地の大事件でした。

 

さらにその日本軍の占領、軍政下の諸政策によって、独立の意思と能力を与えられた旧植民地の人たちは、完全に目覚めます。有色人種であっても、白人に対して勝利することは可能だと、目の前で見せられたわけです。こうなると日本が敗北して去っていても、再び植民地に戻ることなど不可能です。こうして植民地は、そのほとんどが独立します。

 

日英同盟は、ある意味では、日本をつなぎとめていた鎖であったかもしれません。その鎖から解き放たれた日本は、自由自在に暴れ回り、アジアの植民地を解放してしまいました。その動きはアジアだけには止まらず、やがてアフリカ諸国も独立へと向かいます。

 

日英同盟の廃棄は、日本を「植民地解放」という役割に導いた面もありました。これは「自虐史観」を捨て、日本が正当な防衛力を持つことにつながる見方でしょう。

 

功罪あったともいえる日英同盟破棄ですが、いずれにせよ日本の進むべき道について有益なヒントを与えてくれます。

 

筆者プロフィール

飯田たけし

1959年、東京都品川区生まれ。東京都立大学経済学部卒。有限会社飯田商会・代表取締役。沖縄浦添市fm21「へんまもレイディオ」、ネット番組「名もなきサムライたち」などにおいて、コメンテーターとして出演。著作に『海軍特別救助隊』(元就出版社)など。

 

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