《本記事のポイント》
- 中国では武力行使による台湾併合が総意になりつつある
- 「曖昧戦略」をやめ、台湾の独立を死守するという「レッドライン」を引くべき
- 民主国家同士の連携に日本はリーダーシップを発揮すべき
イギリスで開催された主要7カ国首脳会議(G7サミット)は13日、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」などを盛り込んだ首脳宣言を採択して閉幕。G7首脳宣言に「台湾海峡の平和と安定の重要性」が盛り込まれたのは初めてである。
その他、人権などの分野でも全体主義的な中国の問題点も指摘。G7を中心に「民主主義国家」が一致して対抗する姿勢を明確にした。
4月に開催された日米首脳において、共同声明に「台湾」を明記したのも、安全保障上、世界で台湾が危ないと見なしていることの現れであった。
それより前の3月には、米インド太平洋軍のフィリップ・デビッドソン司令官は、こう述べて波紋を広げていた。
- 「台湾への侵攻は、今後6年以内に明らかになる」
- 「米軍が効果的な対応策を打つ前に、中国が一方的な現状変更を試みる可能性が高まっている」
- 「インド太平洋の軍事バランスは米国と同盟国にとって、いっそう不利に傾いている」
最後のコメントは、決して誇張ではない。アジアに配備されている戦力では、アメリカが中国軍に圧倒されているからである。中国軍の戦闘機は、現在は米軍の5倍だが、25年には約8倍になるという。国防総省と米シンクタンクのランド研究所で行われた図上演習でも、米軍は中国軍に数日から数週間以内に惨敗した。これには国防総省も驚きを隠せない。
また1点目と2点目の発言を裏付ける論文が発表されている。米シンクタンク・アメリカン・エンタープライズ・インスティトゥート(AEI)のシニア・フェローで、スタンフォード大学のオリアナ・スカイラー・マストロ研究員による"The Taiwan Temptation Why Beijing Might Resort to Force"と題する論文である。最新のフォーリン・アフェアーズ誌に掲載されたもので、先週発表された中で、注目を集めたものの1つである。
中国では武力行使による台湾併合が総意になりつつある
マストロ氏によれば、中国は軍事侵攻の可能性をいまや真剣に考え始めている。中国国民および軍内部では、軍事による台湾統一を支持する傾向が高まっているというのだ。"トランプ大統領後"の世界で、米軍に中国軍による台湾併合を阻止するだけの力があるのか、また世界が中国に対して効果的な連携を取れるのかを疑問視していると指摘する。
マストロ氏によると、退役軍人や国営メディアは、「長く待てば待つほど、中国に不利に働く」とし、環球時報によると「70%の中国国民が軍による台湾併合を支持する」という声が高まっている。
そうした論調は強硬派に限られたことではない。穏健派とされている人々でさえ「武力行使による併合案が共産党内部で広がっているのを認めただけでなく、彼ら自身が党幹部に軍事行動を薦め」ている。別の人物によると、「習近平国家主席は、許容範囲内のコストで力による併合が可能だと、自信満々に指南する軍事アドバイザーに囲まれている」というから、武力行使は上層部の総意になりつつあると言っていいだろう。
戦力とは戦意と軍事力の両方を意味する。その意味で、これは悪いニュースに他ならない。
アメリカとって決定的に不利なのは、距離である。空母が到着するのに3週間かかるし、バイデン政権が台湾防衛の決断に踏み切るのにも時間がかかるかもしれない。
4月の環球時報では、匿名の軍事専門家が「人民解放軍の演習は警告の意味合いというだけでなく、実戦能力があることを示し、台湾併合の訓練をしているのだ」と述べている。
3月に行われた中国軍による訓練は、台湾へのけん制と日米の介入阻止を狙った「二正面作戦」の訓練で、文字通り「警告」および「実戦能力」を示したものであった。
中国は、米軍到着前に決着をつけられるという確かな自信を持ち始めている。
「曖昧戦略」をやめ、台湾の独立を死守するという「レッドライン」を引くべき
中国の戦略は、南シナ海のサラミスライス戦略同様、軍事演習の常態化で台湾軍を疲弊させる。また本格的な戦闘との境目をなくすことで、介入のタイミングを米軍に与えないことにある。こうすれば米軍が攻撃に遭うなどの明らかな理由がない限り、介入の決断をするのは政治的に難しくなる。
だからこそアメリカが台湾にとっている「曖昧戦略」を止めるのは、なお有意義であるように思われる。
米シンクタンクのアトランティック・カウンシルが1月に発表した論文「より長い電報」では、米国の対中戦略の青写真を描いた。その中で「バイデン新政権が、安全保障上のレッドライン(超えてはならない一線)を設定する」よう促していた。要するに中国に対して、台湾への軍事攻撃や沖縄県尖閣諸島への攻撃、南シナ海の軍事的行動について、レッドラインを設けるというものだ。
リチャード・ハース元米国務省政策企画局長らが昨年9月にフォーリン・アフェアーズ誌に寄稿した論文(American Support for Taiwan Must Be Unambiguous)で、この曖昧戦略を見直すべきだとしたことから、アメリカでは議論が活発化。デビッドソン氏も公聴会で曖昧戦略の見直しを求めた。共和党のリック・スコット上院議員らは台湾が軍事侵攻された場合、大統領に軍事行動を起こす権限を認めた「台湾進攻防止法案」を議会に提出し、大統領に軍事行動の決断面で揺らぎがあってはならないと促している。
バイデン政権でこの曖昧戦略の見直しのカギを握るのは、カート・キャンベル米インド太平洋調整官である。同氏は5月4日、「明確戦略」には欠点があるとして、否定的な考えを示した。
確かにレッドラインの引き方によっては、米軍の介入基準以下のハイブリッド戦やグレーゾーンの戦いに中国を差し向けることにもなりかねない。だが「曖昧」なままでは、抑止力を低下させるのも事実である。
そうした欠点を乗り越えるには、「台湾の独立は死守する」という意志を明確にさせる法案を議会でさせておくことも必要だろう。
レッドラインも万能ではない。オバマ政権時、「シリアのアサド政権が化学兵器を使用した場合は、レッドラインにあたる」としていたにもかかわらず、使用後も軍事介入の決断を議会に委ね、介入せずに終わったのみならず、ロシアにシリアの主導権を取られている。
それを想起する時、レッドラインとは大統領の資質と表裏一体で、初めて機能するものであることを忘れてはならない。
民主国家同士の連携に日本はリーダーシップを発揮すべき
そうであるなら逆に、日本、フィリピン、グアムなどの対艦ミサイルの増強などで抑止力を強化することが重要である。
さらに、マストロ氏が「最も効果的な方法」だというアイディアも一考の余地がある。それは「台湾の軍事侵攻は、中国の夢を潰えさせる」と説得するというものだ。併合は「軍事的にだけでなく、経済的にも政治的にも、回復不可能なほどのコストを負わせることになる」ということを伝えるのだ。
中国の貿易相手国の8カ国は民主国家で、しかも中国は食糧自給率が低く、海外からの輸入に頼っている。もしこれらの国が「民主国家・台湾」を護るために団結することができれば、今後の展開も変えられよう。マストロ氏は、台湾という"小さな島"のために経済的コストを強いられたくないと考える国が多いため、「実現可能性はほとんどない」として自身の「最も効果的な方法」に否定的ではあるが、これは試してみる価値のある方法である。
台湾が取られれば、アメリカは西太平洋から追い出され、アジアの海は中国のものになる。その中で日本は属国化せざるを得ない。台湾有事は日本の有事そのものである。自国の自衛力への強化のための防衛費を増額するとともに、海保の役割の見直しや法改正、そして装備の強化等は待ったなしである。また日本は議論になっていないINF(中距離核戦力)の設置などを急ぐべきであろう。これらは抑止力の強化となる。
また日本は「政経分離」路線を続けているが、外務・防衛両省が主導する「安保」と、経済産業省などが重視する「経済」の分離では、中国に対抗できない。経済で中国を太らせてもよいという政策は、日本という国が死刑台でかかる絞首縄を自ら編んでいるようなもので、これほど愚かなものはない。
「民主国家同士の連携はままならない」と高を括る中国の読みを覆すには、民主国家が連携し、食糧・エネルギー輸入依存国であるという中国の貿易面での弱点を突く必要がある。これこそG7の首脳らが、検討せねばならないことだろう。
経済と安全保障とを区別せず、政府が一丸となって中国と立ち向かう総合政府的アプローチ(All of government approach)を一刻も早く軌道に乗せる。そして「民主国家・台湾」とアジアの平和と安全のために、日本がリーダーシップをとること。それがかつてないほど求められている。
(長華子)
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