「巨大不明生物特設災害対策本部(巨災対)」の撮影場所となった東京臨海広域防災公園内オペレーションルーム( wikipedia より)
《本記事のポイント》
- 日本政府の危機管理の穴を描いたシン・ゴジラ
- 北の核問題、小さいうちに処理しなかったツケが回って来ている
- 尖閣防衛出動も、「法律」の縛りに足をすくわれる
ゴジラ上陸のシーンで鳴り響いていた「Jアラート」が、1年以内に現実に鳴らされることを、どれだけの日本人が予想しただろうか――。
2016年の実写邦画の中で、興行収入1位に輝いた映画「シン・ゴジラ」が12日、地上波で初放送される。
同作は、日本の政治家・官僚組織が、有事における危機管理がほとんどできないでいる様子を、生々しく描いたことで話題を呼んだ。しかし、それから1年もしないうちに、「北朝鮮危機」がここまで切迫し、日本がいつ有事に巻き込まれてもおかしくない状況となった。
これからの北朝鮮危機、そして、その後に迫る中国危機への防衛体制を考えるに当たっても、この「シン・ゴジラ」の描写は示唆に富んでいる。
「人命最優先」で無数の命が失われる
政治家の対応として、最も観客を"苛立たせた"シーンの一つとして、物語の中盤に、直立状態にまで進化したが、まだ"未熟感"のあるゴジラ(第三形態)と、陸上自衛隊の対戦車ヘリが対峙した場面がある。
ヘリの乗組員は、防衛大臣を経由して、総理にゴジラへの発砲許可を求める。しかし、発砲する寸前、付近に民間人が2人発見される。そこで総理は「自衛隊の弾を、国民に向けることはできない!」と攻撃中止を命令する。
この段階で撃っておけば、倒せていたかもしれない。まだ皮膚も柔らかかっただろうし、反撃として口や体から「放射熱線」を出すこともできなかった。
しかしここでゴジラを逃し、巨大で皮膚も黒々として分厚い「第四形態」まで進化させてしまった。その結果、街中を破壊され、無数の死者を出してしまった。
「人命最優先」の判断が、かえって、多大な人命を失わせることになった可能性が高いのだ。
北の核問題、小さいうちに処理しなかったツケ
この描写は、国際社会が北朝鮮による報復を恐れ、同国の核開発を放置した結果、脅威をさらに"進化"させてしまった現在の状況を連想させる。
1994年にアメリカが北朝鮮の核施設攻撃を検討したが、韓国への被害を考え、中止した。当時の韓国の金泳三(キム・ヨンサム)大統領は、ソウルに反撃されたら犠牲者が出るかもしれないとして、クリントン米大統領に電話で攻撃中止を要請したのだ。
当時ならまだ、北朝鮮のミサイルの性能も高くなく、何よりも核弾頭を搭載することはできなかった。今に比べて低リスクで、非核化させることができたはずだった。
しかし、北朝鮮の軍事技術も今や、ゴジラと同じく"進化"した。韓国、日本ほどの距離ならば核ミサイルを打ち込めるようになってしまった。非核化をするための軍事行動のリスクは、一気に高まってしまったのだ。
さらに北朝鮮は、核・ミサイル技術の"最終形態への進化"を迎えようとしている。アメリカに届く長距離弾道ミサイル(ICBM)に核弾頭を搭載すれば、アメリカは北朝鮮の非核化のために、さらに大きなリスクを覚悟しなければいけなくなる。
トランプ米大統領は、そうなる前に、多少のリスクは覚悟してでも、非核化を迫ろうとしているのだ。
「絶対に被害を出してはいけない」として、「行動より対話」を訴える声はまだ多い。しかし、「シン・ゴジラ」で判断ミスを犯した総理のように、それが後に、比べ物にならない被害を生む可能性が高いのだ。
自衛隊出動の根拠を延々と議論
次に、「シン・ゴジラ」において、日本の政治を象徴するシーンは、ゴジラが街を破壊して歩いている間に、政府内で自衛隊を出動させる法的根拠に関する議論が、延々と続く場面だ。
その根拠として、「災害派遣」「治安出動」「防衛出動」の3つが挙げられたが、ゴジラ出現はそのどれにも当てはまらない。最終的には「超法規的な措置」として出動命令が出たが、結論が出るまでの間に被害が広がってしまった。
尖閣防衛も法律に足をすくわれる?
現実でも、尖閣諸島などの島嶼防衛に際して、「自衛隊が法律上、どの枠で出動するか」という問題が発生すると言われている。
例えば、武装した漁民が尖閣諸島を占拠しに来た場合だ。当然、彼らの裏に中国の人民解放軍がいる可能性は高い。しかし、外国の攻撃であることが認定されなければ、自衛隊は「防衛出動」できないことになっている。
となると、「治安出動」という形になる。しかし「治安出動」となると、自衛隊は、武器の使用を大幅に制限される。相手は漁民であっても、裏に人民解放軍がいるとなれば、小銃や、小型のミサイル程度は持っている可能性もある。そうした相手に、「治安出動」では立ち向かえないだろう。
この、外国からの武力攻撃とは言えないけれども、警察権だけでは対応できないような、国防上・法律上の"すき間"のことを、「グレーゾーン」と呼ぶ。そして相手国は、まさにこの弱点を突いてくる可能性が高い。
根源は「憲法9条」の問題
普通の国の軍隊であれば、こうした問題は起きない。相手が国籍不明な漁民だろうが、人民解放軍だろうが、はたまた巨大生物であろうが、国民の命や主権が危険にさらされているなら、軍が出動して、その時々に必要な措置を行えるからだ。
しかし日本の自衛隊にそれができないのは、自衛隊は軍隊ではなく、あくまで警察の一種として扱われているからだ。
通常、軍隊の行動を規定する法令は「ネガティブ・リスト」といって、「こういうこと以外は、やっていい」という禁止事項だけを並べた形式になっている。
一方、日本の自衛隊に適用される法令は「ポジティブ・リスト」といって、「こういう場合に、こういうことをしてもいい」という形式になっている。そのため、自衛隊は、自衛隊法が想定していない状況には対応できないようになっているのだ。
自衛隊が警察の一種として扱われているのは、憲法9条において軍の保持が禁じられているためだ。現在、自民党が検討している、「9条に自衛隊の存在を明記する」案でも、この状況は固定化される。
北朝鮮危機の次に来る中国問題や、これから議論が始まる憲法改正議論を考えるにあたっても、「シン・ゴジラ」の描写は、考えさせられるものとなっている。
(馬場光太郎)
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