なぜパパがエリートをやめて岡山から政治家になるのかって? - 感じる政治学 - たなべ 雄治

なぜパパがエリートをやめて岡山から政治家になるのかって? - 感じる政治学 - たなべ 雄治

旧閑谷学校・講堂(国宝) 岡山県備前市にある閑谷学校は、江戸時代・寛文10年(1670)、岡山藩主池田光政が、陽明学者の熊沢蕃山と共に創建した、岡山藩直営の学問所。世界最古の、庶民向けの公立学校であり、講堂では論語の講釈などが行われていた。

 

2016年4月号記事

 

感じる政治学

 

なぜパパがエリートをやめて
岡山から政治家になるのかって?

「なぜ人は政治家を目指すのか」。
そこに、「政治とは何か」を考えるヒントがある。

 

幸福実現党
岡山県本部副代表

たなべ 雄治

プロフィール

(たなべ・ゆうじ)1976年4月20日、広島県生まれ。岡山白陵高等学校、京都大学大学院工学研究科を卒業後、(株)キーエンスを経て、HS政経塾 第3期卒塾。「努力が報われる社会づくり」を目指し、「消費減税による景気回復」「善悪を教える教育政策」「憲法9条改正による国防強化」などを訴える。

「お酒を飲んでいたら、ある瞬間、全てが虚しくなったんです」

 男の最初の転機は、ある飲み会でのことだった。

 たなべ雄治。岡山白陵高校でがむしゃらに勉強し、京都大学に入学した。その後、同大学院工学科を卒業。世間的にも高給で知られるキーエンスに入社した。電子回路など数々の開発経験を積み、自分の名前で特許も持っている。エンジニアのエリートだった。

 彼には、もう一つの顔があった。給料の大半を、遊びにつぎ込んでいた。仕事の後は、毎日、飲み会。休日は、パーティーにスキューバダイビング。華やかな日々だった。

 しかしある夜、全てが変わる。自分が幹事をつとめた飲み会で、突然こんな思いが湧いてきた。

「今日も遊んで、明日も仕事の後に遊んで……。それだけを繰り返して、一生終わるのかな」

 それからというもの、生活の全てが色あせて見えた。何をやっても、"味"がしない。「俺、何で生きてるんだろう」とまで思い詰めた。

「今から考えると、ウツだったんでしょうね」

 仕事を辞めたくなり、自衛隊の募集窓口に電話したこともあった。

 そんな彼を救ったのが、友人に渡された書籍『仕事と愛』(大川隆法著)。書かれていたのは「人は、魂を磨くために生まれてきた。仕事は、世の中への貢献のために存在する」という人生観だった。

「俺も、そんな生き方をしたい」

 それからぱったり、派手な遊びに気が向かなくなった。仕事そのものの中に「社会貢献の喜び」を見出していたからだ。

 そんな中、改めて「自分はどう社会の役に立つか」を自問した。湧き上がってきたのは「政治の世界で、国に尽くしたい」という思いだった。

 

 

かつての自分に政治が重なる

 不祥事、バラマキ、政局争い。信念なき政治が、かつての自分に重なる。日本人として、悔しかった。

「新婚5カ月目に、会社を辞めました。今考えたら、妻はよく許してくれましたよね(笑)」

 2012年、HS政経塾(注)に入塾。外交、経済、経営、政治哲学などの研究に没頭した。そこで学んだ政治哲学は、自身の人生観と、しっかりと結びついている。

 それが現れているのが、政治活動の一環として、岡山県内で開催しているセミナー。マイナンバー制度の注意点などを解説した最後に、彼はこう問いかける。

「マイナンバーの目的は、課税強化です。背景には、社会保障の膨張があります。もちろん、本当に助けを必要とする人もいます。しかし、苦しい中でも、自分の努力で人生を拓く人を見て、私たちはなぜか『美しい』と思うんです。政治は、常にこうした人生の意義を忘れてはいけないのではないでしょうか」

 初参加者からは「まさか、政治セミナーで感動させられるとは……」「もう一度聞きたい」といった声が出る。たなべ氏にとって政治活動とは、出会う一人ひとりの人生を勇気づける場でもある。

(注)幸福の科学・大川隆法総裁が創立した「政界・財界で活躍するエリート養成のための社会人教育機関」。

 

 

今の教育に足りないもの

 政治家を志してから、2児の父となった。思い出すのは父のこと。学校の校長で、厳しく躾けられた。今では、心から感謝している。

 岡山は近年、少年の非行による補導が3年連続で全国1位となった。全国学力テストでも、中学校は40位台を推移する。教育は停滞している。一昔前には、「岡山は教育県」と自負する人も多かったのだが……(下図)。

 

 

「ゆとり教育」が壊したのは、カリキュラムだけではない。「なぜ勉強するのか」「人生の意味は何か」。生きていく勇気となる考えを、今の教育は提供できない。子供たちが、かわいそうだ。

 教育復活のヒントは、目下、岡山にある。

 時は江戸時代初期。戦国時代の傷跡で、荒廃した岡山藩を復活させた名君がいた。「寛永の四君子」と称される、池田光政公だ。

 その治世の象徴が、閑谷学校の設立だ。世界初の庶民向け教育機関で、教えられたのは儒学。岡山が日本に誇る仁政は、子供たちに「人生を切り拓く力」を与える、心の教育インフラだった。

 もう一度、岡山から―。たなべ氏は「宗教的情操教育」や偉人の生き方を学ぶ教育の充実を訴える。

 政治の原点を問いかけ、日々を戦う人々にエールを送るため、男は今日も、街へ出る。

 

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