キャプション=オバマ米大統領と中国の習近平総書記は、日本の歴史問題で手を握ったのか? 日本の頭越しの米中接近という「第二のニクソン・ショック」が起こってしまったのか? 写真は、昨年2月、ワシントンでの両氏の会談。

2013年7月号記事

アメリカのケリー国務長官が4月中旬に訪中した際、米中で日本の歴史問題をめぐって「取引」をした気配がある。 「アメリカは歴史問題で日本に圧力をかける」「中国はミサイル問題で北朝鮮に圧力をかける」という裏取引 だ。

歴史問題で米中が裏取引?

ケリー氏の帰国後、安倍晋三首相の歴史問題へのスタンスにアメリカが猛烈にケチをつけるようになった。

オバマ政権が非公式に日本に「懸念」を伝え、米議会調査局が安倍氏を「侵略の歴史を否定する修正主義的な歴史観を持つ」などと批判した。

アメリカの主要マスコミも集中砲火を浴びせた。ニューヨーク・タイムズ紙は閣僚の靖国参拝について「著しく無謀な行動だ」と批判。ワシントン・ポスト紙は「歴史に向き合えない安倍首相」という社説を掲げた。

これを受けて安倍首相は、過去の内閣がアジアでの「植民地支配と侵略」について謝罪した「村山談話」(注)を政権として受け継ぐと表明せざるを得なかった。旧日本軍による慰安の強制連行を認めた「河野談話」についても、その後、強制性がなかったことが明らかになっているが、菅義偉官房長官が見直さない方針を表明した。

安倍首相が強い意欲を見せていた憲法96条改正についても、トーンダウンした。

一方の北朝鮮については、中国がかつてなく強い圧力をかけた。北朝鮮は4月、中距離ミサイル発射の構えを見せて挑発を続けていたが、中国の大手銀行が。ケリー氏訪中後の5月初め、北朝鮮との取引を停止し、金融制裁を徹底した。それを受けてか北朝鮮は、5月半ばにはミサイルを撤去し、暴走を止めた。

米中が緊密に連携して、日本の「右傾化」と北朝鮮の暴発を抑え込んだように見える。

(注)村山談話は、戦後50年にあたる1995年8月15日、社会党政権の村山富市首相が発表。植民地支配と侵略でアジア諸国に多大な損害と苦痛を与えたことを明確に認め、「痛切な反省」と「心からのおわび」を表明した。

「新しいタイプの大国関係」でウマの合うオバマ・習近平

実際、オバマ大統領と習近平総書記は、ウマが合うようだ。

3月に国家主席に就任した習氏がオバマ氏と電話会談した際、「ウィン・ウィンの新しいタイプの大国関係の構築を模索したい」と呼びかけた。4月初めには今度はオバマ氏の側が、「新しいタイプの大国関係の建設に尽力したい」と新任の駐米中国大使に語った。

さらに習氏は5月の北京でのケリー氏との会談で同じセリフを繰り返し、「広大な太平洋には、米中の大国を収めるのに十分な空間がある」と付け加えた。太平洋を米中で“分割支配"しようと言わんばかりだが、これにケリー氏は「米中による新しいタイプの大国間関係の構築に生命力を注ぎたい」とオウム返しするだけ。習氏は新しいタイプの大国関係が「互いの核心的利益を尊重し合うこと」が条件だと念押しした。

どうも オバマ、習近平両氏が、裏で手を握っているとしか見えない。

「第二のニクソン・ショック」が起こった?

ケリー氏訪中後の中国は、日本への「圧力」を一気に強めた。5月初め、中国共産党の機関紙「人民日報」で、沖縄の帰属は「歴史上の懸案であり、未解決の問題だ」とする論文を掲載した。同紙傘下の「環球時報」もすぐ後の社説で、沖縄県内で「琉球独立」を主張する勢力を「育成すべきだ」と論陣を張った。

「琉球独立」は中国の属領化に直結することは明らかで、中国の拡張主義が歯止めを失ったかのようだ。

日本の外交評論家の岡崎久彦氏はケリー氏訪中前の4月10日、日本の産経新聞への寄稿で、「かつてのニクソン・ショックのような日本頭越しの米中接近が訪れそうな懸念を禁じ得ない」と書いていた。

ニクソン・ショックは1971年、ニクソン大統領側近が日本に事前の打診も協議もなく訪中し、アメリカの対中外交を大転換した「事件」を指す。岡崎氏はオバマ大統領以下、外交担当者の言動から、「日本に断りなしの対中接近がいつあっても不思議ではない」と予測した。

この予想がすでに現実となった可能性が高まっている。

日本は今も「反民主主義」?

米中を結びつけている一つの要素が、「戦前の日本はファシズム」という歴史観だ。

「天皇を中心とした国家神道体制の全体主義の日本に対し、米英など民主主義国が戦った」という理屈で、ドイツのナチス、イタリアのファシズムと同列に扱う。しかし、戦前の日本には既に議会制民主主義があったので、明らかに間違いだ。

ただ、 米英から見て「反民主主義的」ととられて仕方ない面もあった。

神風特攻隊が敵艦に突っこんだり、陸兵が「天皇陛下万歳」と叫んで玉砕したりしたことについては、「一人ひとりの人間の幸福を目的とする民主主義に反する」と見られていた のだ。そのためアメリカの指導者は「後れた民族を啓蒙しなければならない」という使命感を持ち、アメリカ流の民主主義を日本に導入しようとした(だからと言って、東京大空襲、広島・長崎原爆投下などの一般市民虐殺が正当化できるわけではない)。

なぜ欧米人は靖国神社を嫌うか?

戦後は、特攻や玉砕を命令した指導者も含めすべて戦没者は、英霊、つまり“神近き存在"として靖国神社に祀られた。どんな怨霊も神として祀るのが日本神道の宗教観だ。

在ワシントン日本大使館の公使が5月中旬、ワシントン市内で歴史認識や靖国問題について外国人記者を招いて説明した。アニメ映画「千と千尋の神隠し」を題材に日本神道、靖国神社について理解を求めたという。この映画には、日本古来の八百万の神が登場するのだが、要は妖怪の類がたくさん出てくる。それも含めて「神」と位置づけるのが日本神道の中のアニミズム的な価値観だ。これを聞いた外国人は「日本人は何でも神として祀る」ことは理解できるだろうが、一方で「宗教として後れている」と感じただろう。

やはり、靖国神社を欧米人から見れば、「日本が今も特攻や玉砕を肯定し、個人の幸福を尊重せず、民主主義国ではないのではないか」という疑念が出てきてしまう。

この疑念は、欧米人がイスラム過激派を肯定できない感覚にもつながる。イスラム過激派は、「人間が爆弾もろとも突っこんで行き、自分の命を粗末にするテロ」をしばしば実行する。イスラム教では、そのテロリストは死後に天国に召されると教えるから、特攻隊員やその命令者を英霊として祀る靖国神社の考え方にやや近いものがある。

靖国問題は日本神道とキリスト教との宗教観をめぐる対立ではあるが、単に「お互い考え方が違う」だけでは済まない部分がある。それは、「一人ひとりの人間の尊厳や幸福を大切にするかどうか」という価値観をめぐっての対立だからだ。

日本神道の分かりにくさ

欧米人から見ると、日本神道の考え方は極めて分かりにくいものがあるし、日本人の多くもうまく説明できない。

日本神道は、アメリカのニューソートに近い発展的な教えの天之御中主神と、「和」の精神の天照大神が中心神だ。この思想の下に世界最高水準の奈良や平安の高度な文化が花開いたし、明治の近代化や戦後の高度成長で世界的な奇跡を起こしてきた。

一方で、日本神道には、妖怪の類も「神」とするアニミズム的な価値観が残っている。蛇や狐、猿などの動物や、御神木など植物も「神」として拝んでいる。

文章化された教えがあって物事の正邪を分けるキリスト教や仏教は、いわゆる「高等宗教」とされる。日本神道は発展と調和の思想は強いものの、明文化された教えによってはっきり正邪を分かたないところがあるため、「原始的な」宗教と見られることがある。

その後れた部分を仏教などの「高等宗教」を採り入れることによって補ってきたのが日本の歴史だ。

明治以降、国家神道体制の下、「廃仏毀釈」という形で仏教の弾圧が行われ、「高等宗教」の教えの部分が排除された。このために「一人ひとりの人間の尊厳や幸福を大切にする」価値観が薄れてしまったと言えるだろう。

日本こそ民主主義の旗手に

こうした国家神道や日本神道の問題点はあるとはいえ、戦没者の慰霊についてアメリカであっても他国が干渉するのは明らかな内政干渉だ。日本として正当な反論をしながら、一連の歴史問題を克服するにはどうしたらいいか――。

戦後の日本は、良くも悪くもアメリカの「押し付け憲法」によって幸福追求権(第13条)に代表される考え方を受け入れ、それがしっかりと定着している。 国家神道体制がアメリカによって壊され、ある意味、「宗教改革」が起こったと言える。

歴史問題を乗り越えていくためには、日本はアメリカ以上に、「民主主義の土台となる個人の尊厳や幸福を大切にする価値観を世界に広げていく」と発信し、果敢に行動していくしかないだろう。

というのも、今、先に触れた通り、「民主主義の旗手」であるはずのアメリカが、中国と「新しいタイプの大国関係」の構築に突き進んでいるからだ。

しかし、個人の尊厳や幸福が世界で最も侵害されている国が、日本の隣に現に存在する。

中国には、正式な裁判を受けずに強制収容所や労働改造所に300万人以上いるとされる。毛沢東時代から粛清された国民は6500万人にのぼる。

言論の自由は著しく制限され、共産党政権を批判したら逮捕される。信教の自由も共産党の指導の下でしか許されない。13億人の国民が一党独裁の下、抑圧され続けている。

アメリカが「民主主義の旗手」でなくなるならば、北朝鮮での惨状が続いていることにも目を背けることを意味する。

北朝鮮では、数十万人が「体制を批判した」「宗教を信じた」という理由だけで政治収容所に投獄され、動物以下の扱いを受けた末に多くが虐殺される。そもそも2400万人の国民が囚人のようにとらわれ、90年代には約200万人が餓死したと言われる。

ナチスによるアウシュビッツでの犠牲者は約150万人とされるので、現在進行形でユダヤ人虐殺以上の悲劇が起こっているということだ。

抑圧された中国、北朝鮮の人たちを救え

安倍首相は1月のインドネシア訪問時、「自由、民主主義、基本的人権といった価値観を共有する国との関係を深め、その価値観をアジアに広げていく」と宣言した。しかし、実際の行動を見れば、「アジアに広げていく」部分はほとんどない。

安倍首相は5月、自身の名代として飯島勲内閣官房参与を訪朝させ、日本人拉致問題の解決に向け北朝鮮側と協議した。安倍氏が考える「自由や民主主義、基本的人権」の対象は、今のところ日本人だけに限られており、安倍氏の宣言は「看板倒れ」になりかねない。

やはり、日本人拉致問題だけを解決しようというのは、これからの大国日本の行動としてはテーマが小さすぎる。中国や北朝鮮の全体主義体制を壊し、両国民を救うところに、日本が追求すべきミッションがある。

日本こそ、アメリカに代わってアジア、アフリカで、自由、民主主義、人権の守護者になり得る。

日本を宗教を尊ぶ国に

アメリカに「正義」が失われているならば、日本が立ち上がるしかない。 そのために最も大切なことは、日本神道ばかりでなく、仏教やキリスト教のような高等宗教を含め、「宗教を尊ぶ国」になることだ。

アメリカの独立宣言を見ても分かるように、創造主によって人間は平等に創られ、幸福追求権を与えられた。つまり、すべての人が幸福追求権などの人権を持つ根拠は、「人間は神の子、仏の子である」ことにある。唯物論的価値観の下では、人間は尊いものとはならないのだ。日本人がまず、宗教を大切にし、「神の子、仏の子として尊い」と目覚めることが求められている。

そのうえで初めて中国や北朝鮮の人たちに「あなたたちも神の子、仏の子であるから尊い」と伝えることができ、「専制と隷従」から救うことができる。

日本が「宗教立国」となることが、中国や北朝鮮を民主主義国に生まれ変わらせると同時に、日本を世界のリーダーに押し上げる。そしてその時、歴史問題は文字通り一つの「歴史」へと変わることだろう。

(綾織次郎)