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2026年2月号記事
三島由紀夫は何を間違えたのか
三島の「武士道」と天御祖神の武士道とでは、いったい、何が違うのか。
本誌は創造神にあたる天御祖神の実在とその教えの重要性を伝えてきた(*1)。
これまでの記事を読み、「従来、語られてきた武士道と天御祖神の武士道とでは、何が違うのか」という疑問を抱いた方もいるかもしれない。
そこで、今回は保守層に根強く支持されている三島由紀夫の武士道を例にとり、その疑問に答えてみたい。
三島は、戦後日本の"平和ボケ"に抗して国軍の再建を訴えた。また、国民が戦後の経済発展に酔いしれる中で物質主義の行き詰まりを予見し、転生輪廻などを作品で描いた。
小説家の枠を超えた才能を発揮したが、1970年に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地(現・防衛省本省)で武装蜂起を促した後に自決する。
三島には、自民党政権が米国の半植民地状態を是として現行憲法を維持し、根本的な改革から逃げて「妥協の産物」としての政治を続ける未来図が見えていた。その流れに抗い、天皇中心の国づくりと国軍の再建を訴えたのだった。
しかし、国軍再建の主張は理解できたとしても、戦前のように現人神としての天皇が復権すれば、造物主(創造神)への信仰のもとに国をつくり、信教の自由を維持することはできないだろう。言論や政治活動ではなく、軍事蜂起が、「自由の創設」を目的とせずに政治体制の変更を目指すと民主主義の否定につながる。
天皇中心の国体と言論の自由は共存できる、と言葉の上では主張していたが(*2)、いずれにせよ、その死の衝撃は大きく、「なぜ、軍事蜂起に訴えるほど急進化したのか」という謎は解明されていない。そこに関しても、大川隆法・幸福の科学総裁を通して語られた霊言から光を当てたい。
(*1)2024年1月号「日本神道の正体に迫る」2025年12月号「天御祖神の武士道』を体現した三人の力士」等。
(*2)「文化防衛論」(『決定版・三島由紀夫全集35巻』)
※文中や注の特に断りのない『 』は、いずれも大川隆法著、幸福の科学出版刊。
時代に先んじた三島の天才性
自決に到るまでの心の軌跡を追う
三島の3つの問題点
日本のあるべき国体の姿とは




















