2025年9月号記事
芸術が真の教養となる瞬間
日本を変える本物の教養とは
芸術編
現代の教養の積み方では、日本は滅びるかもしれない──。
今回は教養に必須とされる芸術に焦点を合わせる。
教養。この言葉を聞いて、あなたは何をイメージするだろうか?
考える土台としての「基礎知識」や、いわゆる「リベラル・アーツ」「自由七科(古代ギリシア時代から中世にかけて自由市民が教養として学んだ7つの学問。文法、論理学、修辞学、算術、幾何、天文、音楽)」を思い浮かべる人もいるのではないだろうか。
いずれにせよ「教養がある人」は「芸術」に通じ、美意識や審美眼に優れている、というイメージを持つ人がほとんどだろう。世界史や美術史、各芸術の専門知識などへの広範な知識を持っている「教養ある人」のみが芸術を理解し、愉しむことが出来るのだと考え、「芸術は自分に縁のない世界」と思っている人も多いかもしれない。
だが近年、美意識や審美眼を鍛えようという機運が高まっている。それは山口周氏著『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』がベストセラーになったことや、美意識や審美眼、教養にまつわる書籍が書店に多く並ぶようになったことからも伺える。
なぜか。それは生成AIが台頭し、絵画や音楽を手軽に高いレベルで作ることが出来るようになったことで、「人間の営みとしての芸術とは何か」が逆説的に問い直されたり、モノやサービスがあふれかえる豊かな社会では「単純な何か」より、いわゆる「センスが良い、付加価値のある何か」が嗜好されたりするようになったことなどが理由に挙げられる。
つまり「美意識や審美眼を高めないと時代遅れになる」という危機意識が高まっているのだ。
だが、ここで1つの疑問が頭をもたげてくる。
「売上を伸ばすため」「世界のエリートと肩を並べるため」といった「目的」のために美意識や審美眼を鍛えることは、古来、人類が追求してきた「美」や「芸術」への本当の理解に果たしてつながるのだろうか、と。
「美しい製品にマーケティングは要らない」
iPhoneやiMacといった大ヒット製品を世に送り出した故スティーブ・ジョブズ。アップル社を起業・再興させた業績もさることながら、彼が高い美意識を有していたのをご存じの方も多いだろう。
こだわり抜かれたデザインの製品、プレゼン時に着用する選び抜かれた服装。一度、アップル社から追放された際には、あまりにも強すぎる美意識から、新居の家具を長期間決められなかったほどだ。
ジョブズはその類まれなる経営センスと美意識でアップル社を建て直した。だが彼は「経営」のために美意識を鍛えていたわけではない。彼は霊言で「マーケティングのことはよく分からない。私は、面白いことを考えているだけだ。それだけだよ。(中略)ビル・ゲイツは、マーケティングのことをよく分かっているはずだ。というのは、彼の製品は全然美しくないからね。しかし、私の製品はとても美しい。だから、彼にはマーケティングが必要だが、私にはマーケティングが必要ないんだ。人々は私の製品に惹かれるから、私にはマーケティングが要らない」と述べている(*)。
では、果たして美意識や審美眼を鍛えること、それは我々の人生に何をもたらしてくれるのだろうか。
本特集で迫ってみたい。








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