5月10日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
※新宿武蔵野館は2週間の限定公開
《本記事のポイント》
- 「なぜ生きるのか?」を教えてくれる障がい者という貴重な存在
- 育てているようで、育てられている──支え合う家族の有難さ
- 喪って初めて知る、峻厳な恩師の慈愛
静岡県焼津市に暮らす、生まれつき目が見えないイーちゃん(小長谷唯織)と、重い障がいをもつ2歳下の弟・息吹。遡ること25年前、盲学校に通うイーちゃんは次第に「どうして自分だけ違うのか」と疑問を抱き始める。
たくさんの友だちと離れ離れになり、いじめを経験し、大好きなピアノに触れても晴れない心……。自殺という二文字が頭をよぎったとき、隣には病と向き合い前進し続ける弟がいた。次々にやってくる挫折や苦難、数えきれないほど立ちはだかる壁をひとつずつ乗り越えた先に、イーちゃんがつかんだものとは。
2018年に静岡3映画館で公開後、翌年には東京でも公開され観客に深い感銘を与えた『イーちゃんの白い杖』。2023年日本民間放送連盟賞 テレビ・グランプリを受賞したTVドキュメンタリーが、新たな映像も追加された『特別編』としてスクリーンで上映される。
「なぜ生きるのか?」を教えてくれる障がい者という貴重な存在
このドキュメンタリーの主人公、盲目のイーちゃんには、イーちゃんと同じ盲目に加え、歩行困難など、さらに重い障害(11P―症候群)を持ち、50回以上の入院、20回以上の手術に耐えてきた弟の息吹くんが存在する。
イーちゃんは、小学校までは活発で、ピアノや水泳に打ち込み、物語を作るのが大好きな溌溂とした少女なのだが、中学から寄宿生活を始めた東京の盲学校でいじめにあって自殺を考え、ピアニストや小説家の夢もかなわず、自分が何をしたいのかも見失って、無気力で中途半端な精神状態に陥ってしまう。
この時、弟の息吹くんが重篤な状態に陥り、緊急手術で胃ろう状態となり、体重も20キログラム前後と激やせしてしまい、生死の境を彷徨うことになる。徐々に回復した息吹くんは、まだ不完全な体調にもかかわらず、ニコニコとして明るい笑顔を絶やさず、周囲の心を和ませてくれる。
苦痛を伴う手術にも一切弱音を吐かず、ただひたすらに明るい息吹くんの姿。そこから、イーちゃん、そして家族全員が、人間の心の強さに感嘆し、それぞれが何か学び取っていく。感動を越えて、圧倒されるシーンだ。
著書『心と体のほんとうの関係。』で大川隆法総裁は、「重度の障害を持っている子供や、病気が治らない人、生活保護から抜け出せない人など、恵まれない人は大勢いますが、そういう人たちは、実は、姿を変えた観世音菩薩であることがあります。そういう使命を持っている人が、世の中には、たくさんいるのです」と指摘し、「いまの日本には、そのような人が先生であることに気づかない人が数多くいます。『先生として生まれている』ということを知らずに、見下したり、ばかにしたり、からかったりして、何も感じない人がたくさんいます。恥ずかしいことだと思います」と述べているが、いま、苦しみや不平不満の渦中にある人にとって、この姉弟の姿から学ぶべきものはとても多いのではないだろうか。
育て、育てられる、家族の尊さ
イーちゃん一家は、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、イーちゃん、息吹くんの6人家族。障がい者の2人の子供たちを全員で支える、家族の団結がとても素晴らしい。
そして、障害を持つ子供たちを育てているようで、実は親たちが育てられているのだということを、この映画は25年間の取材を通じて、ごく自然に提示している。
特にお父さんについては、当初、明るく気丈に振る舞いながらも、どこか悲しみに耐えているような雰囲気を持っているが、不況の中で仕事を失い、コンビニのアルバイトをしている姿も記録されている。
その後、ボランティアとして、障がいを持つ子供たちの水泳のサポートなどをしているうちに、介護の仕事に慣れ親しみ、ついには介護施設で働くようになる。白髪混じりになったお父さんが、とても優しい眼差しで、一人ひとりの高齢者や障がい者と接し、少しでも子供たちやその親たちの力になれるようにと働く姿は、とても尊く見える。
本作中で、息吹くんの成人式が焼津市内の障がい者施設で行われ、その参加者の父兄の一人が、「障がいを持つ子供を育てているように見えながら、実は自分が育ててもらっていることに気がついた」という趣旨のことを発表していた。人間の魂は、襲いかかる苦難と立ち向かうなかで真に磨かれ、成長する。
それゆえに、この世の苦難は、どんなに人間が消し去ろうと努力しても、常に、この世に存在し続ける。仏教的には「泥中の花」とも言われるが、その苦難の中で「えも言われぬ天国的な蓮の花を咲かせることこそ、今世、生きている人間としての悟りなのだ」(『自も他も生かす人生』より)ということだろう。
喪って初めて知る、峻厳な恩師の慈愛
本作中、思春期を迎えたイーちゃんは、いじめなどの影響もあって、人生の目的を見失い、半ば自暴自棄になりかける。そんなとき、小学校時代、手取り足取り自分に基本を教えてくれた恩師である養護教諭・海野昌代先生の自宅を訪ねる。
しかし、海野先生は、既にこの世おらず、乳がんを患って44歳の若さで帰天していた。イーちゃんの完璧主義的な性格が、後々、イーちゃんの"生きづらさ"になるのではないかと考え、イーちゃんを叱咤激励して、人に頼るべき時は堂々とお願いすることを教えてくれた海野先生。
イーちゃんは先生の位牌に手を合わせて、焼香してご冥福を祈る。すると、海野先生が、イーちゃんのすぐ傍にいて、話しかけるように思われたのだという。
仏教では「師弟の契りは来来世まで続く」ともいわれるが、きっと、海野先生も、あの世の世界から、イーちゃんの魂の苦闘を見守り、励ましてくれていたのだろう。本作は、25年にわたる綿密な取材から、人生という一冊の問題集と真剣に取り組むことの大切さと、そのかけがえのない尊さを伝えてくれる。
『イーちゃんの白い杖』
- 【公開日】
- 5月10日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
※新宿武蔵野館は2週間の限定公開 - 【スタッフ】
- 監督:橋本真理子(静岡放送)
- 【配給等】
- 配給:浜松市民映画館シネマイーラ
- 【その他】
- 2023年 | 日本 | 108分
公式サイト https://i-chan2024.com/
【関連書籍】