《本記事のポイント》
- イスラエルがイランの核施設を攻撃する時は、アゼルバイジャンの基地を使う
- サウジが有する核保有への野望と核拡散の危険
- イスラエルとパレスチナの明るい未来に向けて
河田 成治
(かわだ・せいじ)1967年、岐阜県生まれ。防衛大学校を卒業後、航空自衛隊にパイロットとして従事。現在は、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ(HSU)の未来創造学部で、安全保障や国際政治学を教えている。
サウジアラビアが求めるイスラエルとの国交回復の条件の中には、アメリカがサウジの安全を保障する協定を結ぶことも挙げられていました。イランとしては、宿敵イスラエルがサウジとも国交回復すれば、アメリカの影響力が中東で回復し、イランは孤立に追い込まれるとの脅威認識があったことは間違いないでしょう。
イスラエルがイランの核施設を攻撃する時は、アゼルバイジャンの基地を使う
加えて、イランの北の国境を接するアゼルバイジャンは、先月のアルメニアとの戦争に勝利し、ナゴルノ・カラバフの領有を確実にしました。アゼルバイジャンを強力に支援したのはトルコですが、イランはアゼルバイジャンおよびトルコとは非友好的で、イランは国境の北側への警戒感を強めています。
この戦争では、イスラエルも影の立役者でした。イスラエルにとって、アゼルバイジャンは石油の輸入元であり、アゼルバイジャンにとって、イスラエルは武器類の最大の供給元で、輸入武器のうち60%はイスラエル製です。アルメニアとの紛争でもイスラエル製のドローン兵器の活躍が勝敗を分けており、経済、軍事を通じて緊密な関係にあります。
すでに2012年にアゼルバイジャンは、イランとの国境近くにある航空基地をイスラエルに提供しており、イスラエルがイランの核施設を攻撃する際には、同基地が使われる可能性が指摘されてきました。
ただし、アゼルバイジャンはイランとの関係悪化も恐れており、表向き国内の軍事施設は対イラン向けではないとしています。それでも将来に渡ってその保障はありません。
(著者作成)
今回のアゼルバイジャンの勝利を受けて、トルコとアゼルバイジャンの自由な往来を可能とするザンゲズール回廊(下図参照)の設置が計画されていますが、これにアルメニアは難色を示しているため、ブリンケン米国務長官も今後、数週間以内にアゼルバイジャンがアルメニアを侵攻し、実力で回廊付近を制圧する可能性があると警告しています(*1)。
もしアゼルバイジャンが侵攻すれば、アゼルバイジャンの影響力拡大を阻止したいイランも軍隊を送る可能性があり、一方でアルメニアはアメリカやフランスとの関係を強化しつつあるところですので、こちらでも大国を巻き込んだ硝煙の匂いが立ちこめています。
(著者作成)
サウジが有する核保有への野望と核拡散の危険
さらにサウジはアメリカに対し、国交を回復する条件として、原発の建設、およびサウジで最近発見されたウラン鉱脈を採掘して、国内でのウラン濃縮を認めることを要求していました。
サウジは平和目的であると主張しています。しかしサウジは、核兵器の製造について、国際原子力機関(IAEA)が立入検査することに応ずる義務に関し、限定的な条約にしか加盟していませんし、厳格な監査には消極的です(*2)。
イランとしてはサウジと国交回復したものの、深い信頼関係をサウジと共有しているわけではなく、天敵のイスラエルに加えて、近い将来にサウジまでが核を保有するという悪夢は絶対に避けねばならない事態でしょう。
もしサウジが核を保有するならイランも必ず保有するでしょうし、その逆も真なりで、そうなれば地域大国のトルコやエジプトが核保有を進めることはほぼ間違いありません。
アメリカのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」が「この10年以内に核保有国となる国はどこか」という質問を世界中の専門家にアンケートを取ったところ、1位がイランで68%、2位がサウジで32%であったと報告しています(*3)。
混迷が深まる中東諸国において、お互いに核を保有して対峙する未来は、極めて危ういと言えるでしょう。
イスラエルとパレスチナの明るい未来に向けて
(1)パレスチナ人がイスラエルを憎む理由
欧米がユダヤ国家建設運動(シオニズム)を支持して、パレスチナにイスラエルを建てたことが中東の苦しみの始まりにあります。
1948年のイスラエル建国と直後の第一次中東戦争によって70万人のパレスチナ人が難民となり、彼らは、ヨルダン川西岸やガザ、近隣諸国のヨルダン、シリア、レバノンなどに逃れました。
それ以降70年以上、故郷へ帰れない多くのパレスチナ難民がガザ地区などに押し込められてきました。ガザ地区では、人口220万人の7割が難民で、50万人以上は難民キャンプに暮らしていると言われています。
ガザやヨルダン川西岸は分離壁で囲われ、イスラエル側の検問所を通らなければ、仕事や学校にも行けません。ガザが「天井のない監獄」と呼ばれる所以です。
高橋真樹氏の著書『ぼくの村は壁で囲まれた パレスチナに生きる子どもたち』には、高橋氏が現地でインタビューした多くの子供たちの声が取りあげられていますが、その中の一人、アラ・アルファラくんは、世界の人たちが行動を起こしてくれることを期待して、「世界の人たちがガザのことを知っていると思いたい。ガザがどれほどひどい状況かということや、僕たちがどれほど苦しんでいるかということを」と語っています(*4)。
ヨルダン川西岸地区においても、分離壁の総延長は700km以上にも及び、イスラエルが占領した地域はいっこうにパレスチナ人に返還されず、むしろユダヤ人の入植が続いて、この6月にも新たに5700軒の住宅建設が決まったばかりでした。
(2)なぜイスラエルは壁をつくり、市民はパレスチナ攻撃を支持するのか?
ガザ攻撃に駆り立てるものの一つは、イスラエル市民の恐怖心です。イスラエル市民は、度々起こるパレスチナ人による「テロ」に強い恐怖心を抱いています。その背景には、古代からユダヤ人が背負ってきた「迫害」「滅亡」という歴史、またナチスによるホロコーストが極度の「恐怖心」となって刻まれていることがあります。
イスラエルに住むユダヤ人にとって、パレスチナ人は、「恐ろしい加害者」に見えているのです。
しかしガザ攻撃には賛成でも、本音は「どうしたら平和をもたらすことができるかが分からない」というところにあるでしょう。一方、多くのイスラエル市民は、パレスチナの過酷な現実に無関心だとも言われています。
イスラエルとパレスチナの問題は長らく議論されながら、ほとんど前進を見せてきませんでした。互いが国を認め合う二国家解決が望ましいとの意見が主流ですが、現実には膠着しており、また今回の大規模攻撃により、両者の怒りと憎しみは頂点に達していますので、近い将来の二国家解決はほぼ不可能でしょう。
(3)イスラム教の教え
一方、もしパレスチナ国家が誕生したとしても、本当にそこに住む国民にとって望ましいかどうかは、分からないところがあります。ハマスやヒズボラなど、パレスチナの武装勢力は、武力闘争を肯定しており、戦いによってイスラム国家を建設することを目標に掲げています。
こうした聖戦思想は、イスラム教の成立過程に深く織り込まれており、好戦的な宗教観を背景として武装組織がつくられています。しかしテロ行為や敵対者を襲撃することでユートピアは実現しません。
また現実のイスラム教国家は、女性に対する人権思想が低く、国家指導者への批判や反対デモが武力弾圧されるなど、民主主義とは程遠い全体主義的傾向が色濃く出ています。
したがって、パレスチナ国家が武力によって建国され、原理主義・古代帰りのイスラム教国家が生まれることも、あまり望ましいとは思えません。
一方で、イスラエル側にも問題があります。
イスラエルのネタニヤフ首相は2018年に「ユダヤ人国家法」を施行し、イスラエル国民の2割を占めるアラブ系を軽視し、ユダヤ人のみに民族的自決権があることなどを規定。アラブ系を二等国民に固定化してしまいました。そして、ガザやヨルダン川西岸で見られるようなパレスチナ人への弾圧を正当化しています。
このような非人道的かつ民族差別政策には、日本をはじめ、自由と民主主義、人権を重要な価値として認める国ならば、明確に批判していくべきです。イスラエル側は民族の違いを超えてお互いを理解し、協調し、絶対の平和を模索すべきで、選民思想こそが滅びに至った原因であることを思い出すべきです。
一方でパレスチナの人々の苦しみを救おうとするイスラム側のリーダーは、テロによって幸福と繁栄は実現しないことを知り、イスラム教の本来の寛容の精神に立ち戻るべきです。それ以外に民主化を果たす未来は開けないでしょう。
このような和解への道のりは極めて難しいことは重々承知していますが、最終的なハルマゲドンを避けるための唯一の解決策は、宗教の改革と、人類愛に基づいた政治思想への飛躍であると考えます。
(*1)PORITICO(2023.10.13)
(*2)STIMSON(2023.3.3)
(*3)Atlantic Council, "GROBAL FORSIGHT 2023",
(*4)高橋真樹『ぼくの村は壁で囲まれた パレスチナに生きる子どもたち』(現代書館 2017) p.99
HSU未来創造学部では、仏法真理と神の正義を柱としつつ、今回の世界情勢などの生きた専門知識を授業で学び、「国際政治のあるべき姿」への視点を養っています。詳しくはこちらをご覧ください(未来創造学部ホームページ)。
【関連書籍】
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2014年12月号 イスラム国 サダム・フセインの呪い スッキリわかる中東問題【前編】 Part2 イスラエル・パレスチナ紛争
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2020年3月号 アメリカ・イラン対立の行方 軍事衝突のリスクは去っていない - ニュースのミカタ 1
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