《本記事のポイント》

  • 「西側の人々の行動いかんにかかっている」
  • ベルリンの壁崩壊へと導いた1987年の演説
  • ガンマンは永遠に狙いを定めたままなのか!?

日本が同盟国アメリカに「自陣営に参加するか否か」の選択を迫られる日も近い中、日本は人権決議で「中国」を明示することを避けている。

国家意思の欠けた決議しかできていない日本だが、一方のバイデン米政権は、矛先を中国からロシアへと移し始めた。ロシアの脅威を煽れば、国民の目を内政の失策から逸らせられると考えているかのようでもある。

トランプ前政権の終盤は対中政策に関して、経済戦争から事実上の「体制転換」へと舵を切り始めていた。現在我々が立っている地点は、当時と比べ何歩も後退してしまっている。

トランプ前政権の政策が経済戦争から体制転換戦争へと転換した様子は、1981年に誕生したレーガン政権と比肩されることが多い。では、レーガンはなぜ体制転換路線へと方針を変えることができたのか。

「西側の人々の行動いかんにかかっている」

「ソ連が依然として国民を収容所に閉じ込めているのに、私が彼らとの友情に関心を持つと思いますか」

レーガンが当時ソ連からアメリカに亡命した人権活動家のナタン・シャランスキー氏に語った言葉である。

そんなレーガンは、ニクソンやキッシンジャーが緊張緩和のために考えた対ソ宥和政策である「デタント外交」を微塵も信じていなかった。

当時の主流派の国際政治理論は、分割されたドイツ、そして分割されたベルリンが自然な秩序であると見なし、米ソ両極体制は将来にわたって続くと主張していたが、それはレーガンにとっては非道徳的な「あきらめ」でしかなかった。

レーガンはまず公開の演説で国民を覆う心理的な壁を打破しようとした。1981年5月17日、ノートル・ダム大学における演説でレーガンは聴衆に対してこう述べている。

「これからの数年はこの国にとって、自由の大義と文明の普及にとっての偉大な数年である」

「西側は共産主義を封じ込めたりしない。共産主義を乗り越えるのだ。それを非難したりしない……それは人類史における怪奇な一章で、その最後のページが今書かれているのだと見なすだけである」

尊敬したローマ教皇ヨハネ・パウロの「恐れるなかれ」の精神を受け、共産主義は人類にとって普遍的ではなく、恐れるに足りぬ存在だと一蹴したのだ。

さらに82年6月8日にはイギリスの両院議員を前に、有名な「歴史の掃き溜め」演説を行っている。

レーガンはこの演説のなかで、「マルクス・レーニン主義を歴史の掃き溜めに置き去りにする自由と民主主義の行進」と述べ、こう語った。

「ポーランドでは戦いはまだ続いています。そして、ソ連自体のなかにも自由を求めて戦い、苦しんでいる人がいることを、私たちはよく知っています。この潮流が続くかどうかは、私たち西側の民主主義の国の人々がどう行動するかにかかっています」

この演説がきわめて重要な歴史的瞬間となったのは、アメリカの大統領が公然とソ連の体制の根底にある哲学、イデオロギーを問題視したことにある。問題視されるべき行動に焦点を当てるだけでなく、体制を支える哲学そのものを非難したことで、それまでの大統領たちとは決定的に決別することになる。

自国の前例主義から距離を置くことで、レーガンは前任者から批判を受けたが、後代から見れば、アメリカという大きな力を持った国が果たすべき責任について正しくわきまえていたと言える。

ベルリンの壁崩壊へと導いた1987年の演説

レーガンの記念碑的スピーチに87年6月12日に行われた演説がある。

レーガンは「ベルリンの壁」の前で、ソ連のゴルバチョフ党総書記に向けてこう訴えた。

「党総書記のゴルバチョフよ、平和を求めるなら、そしてソ連と東ヨーロッパの人々に対して、繁栄を望むなら、そして自由化を望むなら、このゲートに来なさい。そしてこのゲートを開放しなさい。この壁を壊しなさい」

決議文から「中国」という文言を削除するかどうかどころの話ではない。レーガンは、ゴルバチョフ本人に訴えたのだ。当時もその発言の影響を恐れた国務省の部下が、スピーチ原稿から幾度も「この壁を壊しなさい」という文言を削除したと言われているが、レーガンはスピーチ当日に復活させた。現代であれば、バイデン氏が習近平国家主席に「このファイアー・ウォールを壊しなさい!」と直接訴えかけるようなものである。

レーガンの功績を否定する人々は、この演説と89年11月9日のベルリンの壁の崩壊との間に因果関係を認めようとしない。

これについて、テキサス大学オースティン校で安全保障のためのクレメンツセンターの議長を務めるウィリアム・インボデン氏は、両者の間に直接的な因果関係があるとして、こう述べている。

「もちろんドイツの人々自身が壁の崩壊を壊したのは確かです。でもレーガン大統領が壁の向こう側にいる人々へ希望を与え、彼らに声を上げる機会をつくりました。それが圧力となり、歴史自体が姿をとって現れた時に、彼らはその機会をうまく活用し、力関係をひっくり返すことができたのです」(2021年6月17日のフーバー研究所主催のUncommon Knowledge"Tear Down This Wall"より)

レーガンは、それまでの国際政治学者の枠組みにとらわれず、ソ連の支配下にある国民一人ひとりに呼びかけてきた。それはマイク・ペンス副大統領やマイク・ポンペオ国務長官などのトランプ前政権の高官が「神の似姿」として創られた同胞の苦しみを取り除くことなくして、アメリカの使命は果たせないとの自覚を包み隠さず語ったのと同様である。

アメリカのリーダーが与えた精神的勇気なくして、ドイツ国民が自分たちの手でベルリンの壁を壊す機会を生かすことはできなかっただろう。

ちなみに、これが核戦争などを引き起こさなかった理由について、ウィリアム・インボデン氏はフーバー研究所でこう語っている。

「アメリカの大統領の誰がゴルバチョフと最も長い時間過ごしたと言えるでしょうか? それはレーガンです。ジュネーブのサミットからはじまり、レイキャビクのサミットなど、手紙や電話で何度も交流してきました。その感覚からいってこの壁を壊しなさいと言っても、冷戦が熱い戦争になるような決定的な決裂にはならないという直感を持っていたのだと思います」

レーガンなりの計算があったことも忘れてはならない。

ガンマンは永遠に狙いを定めたままなのか!? レーガンの相互確証破壊の否定

また、言葉による攻勢は、力に裏付けられたものだった。85年の国防総省の予算は、80年から倍増されていた。

そして相互確証破壊(MAD)(*1)の考えをも正面から否定し、次のステージに向かった。

レーガンにとってそれは2人のガンマンが、「酒場でお互いの頭に銃の狙いを定めて、永久に突っ立っている」のに似ていた。

抑止戦略という奇妙な論理が「よいこと」と考えられているのに、レーガンはショックを受けていたのだ。

そこでレーガンは「もし、戦略弾道ミサイルがわが国と同盟諸国の国土に届く前に、それを迎撃し破壊できるとすればどうだろうか」と、全国的なテレビ放送で直接国民に問いかけた。

ワシントンの誰もが口にしなかった疑問を、率直に投げかけたのだ。硬直した思考回路にはまり込んでいたのは、ワシントンの中枢部だ。

抑止戦略による均衡さえあれば、米ソの「安定」は維持できるという。だが何のための安定なのか。その安定は"善い"ことなのか?

レーガンにとって、それは思考停止に過ぎず、安定など決して"善い"ことではなかった。

共産主義は歴史に逆行するものだと確信していたレーガンは、「安定」というのは非道徳的な戦略であり、不愉快な概念に縛られているにすぎなかった。

「なぜソ連の解体を急がないのか?」。これが主たる争点であるべきだったのだ。

そしてアメリカ本土防衛(ミサイル防衛)のための戦略防衛構想であるスター・ウォーズ計画(*2)に着手し「強いアメリカ」の復活を目指した。

これに応戦するために、ロシアや中国は極超音速滑空体の開発を急ぎ、アメリカがその後塵を拝するようになってしまったのは、レーガン後、トランプ氏まで「強いアメリカ」を取り戻すことを国是として掲げた大統領が不在だったことが原因だろう。

(*1) 相互確証破壊とは、仮に相手から先制攻撃を受けた場合でも、残った核兵器で相手に対して耐え難い損害を与える能力を互いが確実に保持することによって核攻撃を抑止しようとする戦略である。
(*2) 有事の際、アメリカ本土へ向けて飛来する仮想敵国の弾道ミサイルを、ミサイルやレールガン、レーザーなどを搭載した人工衛星(攻撃衛星)の攻撃によって迎撃・破壊することを目的としていた。

(後編に続く)

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